第16話 sideクレア10

レオルドが『トモタカ』を出発した頃、レオルドが発足させた西方統一軍の本拠地『レギンレイヴ』はかつて無いほどの緊張感に包まれていた。

西方統一同盟に加入している全ての国の代表が集結し、ある2つの事柄についての協議が行われていた。


「では、我々に判断が委ねられたこの2つの問題であるが、簡単な方である『ワルスラール』の件から片付けていくとしましょうか。」


「そうですな。」

「それがよろしいかと。」

「ふむ。」


西方統一軍の代表であり、今回の協議の進行役を務める男ージャイアント総司令は冷静な顔つきで各国代表に問いかけると、それぞれは頷いた。場合によっては、各国に多大な影響を与える事になるので全員必死だ。

そして、その中でただ1人頷かなかった少女の下に注目が集まった。


「ユリア殿は、どうお考えで。」


代表して、総司令は尋ねた。

私の隣に座る少女、ユリア・フォン・ハーンブルクは落ち着いた様子で答えた。


「簡単な方から片付けるというのには同意します。ですが、私はヴァステリア共和国への対応の方が、簡単かつ迅速に対応すべき案件だと思います。こちらの方を先にどのような対策を練るか、早急に考えるかと。」


「なるほど、確かに先ほどハーンブルク領からガラシオル帝国への援軍派遣を決定したという話が出たという事は、ヴァステリア共和国が戦争の口実を作って攻めて来る可能性は高いな。」


「その場合、西方統一軍の第一の目的である、西方諸国への恒久の平和と安全を約束するというものが失われてしまいます。それだけは、阻止せねばなりません。」


ユリアは、いつもの落ち着いた様子で、物事の優先順位を明確にした。確かに、ヴァステリア共和国への明確な対応策が無いまま別の事について話し合うのは明らかな下策だ。

それを踏まえた上で、彼女は交渉の場を支配する。


「勝負は時の運と言うものですが、ハーンブルク軍とパラス王国軍では強さが全然違います。まず間違い無く、パラス王国にハーンブルク軍の防衛ラインを突破できないでしょう。その場合、パラス王国は更なる援軍を同盟国から集めようとするはずです。そうなれば、ヴァステリア共和国がハーンブルク領を攻撃するために様々な手段を講じる事は容易に考えられます。」


ハーンブルク軍が援軍を派遣した事による飛び火という事にはなるが、人間と亜人のバランスが崩れかけている今、いずれ大規模な争いに発展する可能性があったのは必至だ。

それが少し早まっただけども考えられる。

だけど・・・・・・


「ハーンブルク領代表として、皆様に迷惑をかけてしまった事は、謝罪させていただきます。ですがこれが、西方諸国そして人類にとって最も良い結果をもたらすであろうという事は自信を持って言えます。」


私はハーンブルク領の代表として、そしてレオルドの妻として頭を下げた。今回の件の原因を作ったのは、ハーンブルク領で間違いないからだ。


「頭を上げて下さい、クレア殿。私は今回のハーンブルク領の行動に疑問点は持っておりません。海を挟んだ向こう側の相手とはいえ、同じ仲間です。むしろ私は、称賛されるべき行動だと思っています。」


「ありがとうございます、ジャイアントさん・・・・・・」


「はっはっはっ、御礼は結構まずは問題を片付けましょう。ユリア殿が危惧した通り、有事が起こってから物事に対処していては、遅すぎますからね。せめて、敵拠点を攻撃できるぐらいの明確なプランを持ちましょう。」


「はい。」


ユリアの返答から、ヴァステリア共和国の件を早急に対応すべきだと判断したジャイアント総司令は、自身が考えて来た防衛計画の資料を配り始めた。

部隊を配置する位置や各国にやってほしい事が書かれている。何となく、計画書の感じがレオルドと似ているような気がした。

私は、所々に違和感を覚えつつ、紙面を読み込んでいると、ポラド共和国代表の男が手を挙げて質問した。


「仮に、ヴァステリア共和国による攻撃があったとして、どの規模での攻撃が現実的なのでしょうか。」


ポラド共和国はヴァステリア共和国と連接しており、その言葉に少しばかりの不安を感じとった。ポラド共和国は以前、首都を戦場とした大規模な戦争で敗北したばかりであり、西方諸国の中では一、二を争うほど経済力が低い。

そのためか、彼は人1番真剣な様子で今回の協議に望んでいた。


「数万単位でパラス王国に援軍を送る事を考慮すると、最大で20万ほどの兵力を揃える事が考えられます。海軍を使った強襲上陸をされる危険性もありますが、そこは・・・・・・」


「我がハーンブルク海軍が、パラス王国周辺の海を完全封鎖する予定なのでご安心を、アリ1匹通さない強力な海軍を送っております。」


私は、間髪入れずにそう答えた。

春雨を初めて実戦運用した私だからこそ、ハーンブルク海軍の強さはわかっている。

仮に敵が、同程度の戦力の海軍を用意できたとしても、熟練度の差から負ける事はほぼ無いだろう。


「パラス王国周辺に強力な海軍を大量に派遣しているハーンブルク軍に期待するしかありませんが、ハーンブルク海軍でダメなら海の上は諦めるしかないでしょう。」


「うむ。」

「そのようですな。」

「確かに。」



その後も、防衛作戦についての具体的な作戦の立案が行われ、その日の協議は終わった。

ヴァステリア共和国への対応策は、ほぼ完成し、いつ攻められても対応できる状態となった。

そして解散となり、各国代表が会議室の外へと出ると、部屋の中には私、ユリア、ジャイアント総司令の3人だけが残った。

誰もいなくなった事を確認すると、ユリアは話し始めた。


「ご協力ありがとうございました、ジャイアントさん。」


「いえいえ、ユリア殿のお願いなら、断るわけにはいきませんよ。それに、私もヴァステリア共和国の方を先に片付けるべきだと思っていましたので。」


「それは良かったです。もう1つの方は、一見簡単な問題に見えますが、長い目で見ると、大きな問題ですのでゆっくりと協議していきましょう。」


「了解した。では、失礼する。」


ジャイアントさんは、そう満足げな顔をしながら部屋を去っていった。

私は、ユリアとジャイアントさんの間で何かしらの裏取引をしていた事に気がついた。

私が何をしていたのか尋ねると、ユリアは笑顔でこう答えた。


「ん〜ん、ちょっとだけお芝居の練習をしていただけよ。クレアが気が付かなかったというなら、私お芝居向いているかもしれないわ。」


どうやら、私が知らない間に、様々な事が動いていたらしい。


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どうでもいい話


騙すならまずは味方から。

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