第8話 留学

「ふぅ・・・・・・何とか話がまとまったか。これで、しばらくは大丈夫だろう。」


「お疲れ様です、ガランダ様」

「お見事でした。」


ガラシオル帝国をまとめる宰相にして、政治面におけるリーダーでもある彼は、久しぶりに感じた凄まじい疲労感に対して身体を休めながら、ハーンブルク領からの輸入品である紅茶を嗜んでいた。


「それにしてもハーンブルク側の代表の方、落ち着いておりましたね。」


「そうだな。外国に代表として派遣されるぐらいだ、信頼も厚いのだろう。」


「なるほど、確かにそうですね。」


所々でサポート部下達を労いながら、自分自身もリラックスしていると、彼の執務室の扉が急に開いた。


「ご苦労だった、ガランダよ。」


「こ、皇帝陛下っ!ありがうございますっ!」


自分の主君の登場に驚いたガランダは、立ち上がりながら頭を下げた。周りにいた部下達も、後に続く。

すると、ガラシオル皇帝は、少し困った顔をしながら彼らを宥めた。


「余は、別に邪魔をしに来たわけでは無い、楽にせよ。」


「し、失礼します。」


部下の1人が椅子を用意して、皇帝が座った事を確認してから、ガランダ達もその場に座った。

国のトップを前にして誰もが言葉を発せずにいると、その事にいち早く気がついた皇帝は、自ら口を開いた。


「ハーンブルク領、何度か噂には聞いていたがやはり凄いな。」


「はい、やはり武力、経済力、技術力の全ての面で我々の上を行くのでしょう。正直、彼らが我々と友好に接してくれている事には感謝しかありません。」


「うむ。余も以前、ハーンブルク海軍の船を見に行ったが、あれは見事だった。あれでは、海の上では輸送船にすら勝てそうに無いな。」


中央のテーブルの上に置かれたお菓子を手に取りながら呟いた。

それに対して、ガランダはすぐさま同意した。


「陛下の考えは正しいと思われます。まともな海戦をした事が無いので詳しい事はわかりませんが、少なくとも我々には鉄の船を沈めるだけの兵器を持っていないので、相手にもならないでしょう。」


「仮にだ、ハーンブルク家と戦争になったとして、我が国に勝機はあると思うか?」


「厳しい戦いになる事は間違いありません。我々はただでさえパラス王国と戦争状態です。はっきり言って我が国に2正面作戦をするほどの余裕はありません。」


ガランダは、自国周辺の地図を指差しながら答えた。その場にいた全員が、彼の指し示す先を見つめる。


「仮に、パラス王国と休戦できたとしても、やはり厳しい戦いになると考えております。我が国の海上戦力には正直あまり期待できないので、敵は何処からでも上陸できるという事になります。敵が船を使用している以上、数的有利は確保できると思いますが、我が国の軍隊がハーンブルク軍のライフル銃に対抗できるかわかりません。」


「なるほど、課題は山積みというわけだな。」


「はい、おっしゃる通りだと思われます。」


ガラシオル皇帝は、ガランダかりの意見に少し危機感を覚えながらも、現実をしっかりと受け入れた。自分自身も、ハーンブルク家と戦争になる事だけは避けなければならないという事を心に刻む。

またそれは、周りにいた彼の部下達も同じであった。彼らも、自身の脳に情報を刻み込む。


「そのためにも、我々は何としてもハーンブルク領の情報を得る必要が出てきました。」


「なるほど、だから其方は留学を提案したのだな?」


「はい、その通りでございます。」


ハーンブルク領に諜報部隊を送るという案も考えられたが、それによって反感を買いハーンブルク家との関係が悪化したら意味が無い。そこで、堂々と情報を集める事ができる留学という制度の導入を提案した。

ガラシオル帝国にも帝国第一学校という帝国領全土から優秀な若者を集めた帝国一の学校があり、そこの生徒を数名ハーンブルク領に送るというものだ。

ちなみに、帝国第一学校というのは、元は貴族や有力な商人の子供が通う学校だったが、ガランダの活躍もあり現在では帝国領内に住む様々な優秀な若者が無料で教育を受ける事ができる事になっている。


「ハーンブルク側も、留学の件は問題無いようだったので、留学生の選考を行おうと思います。」


「うむ、其方の選んだ生徒ならば問題無いだろう。それと、友好関係を深めるために、我が国からも使節団を派遣しようと考えているのだが、どうだろうか。」


「確かにそれは必要かもしれませんね。できればハーンブルク領の首都、少なくともデュークス島か、『トモタカ地区』は訪れて起きたいところです。」


ガランダは、メリットとデメリットを天秤に乗せながら答えた。個人的には、ハーンブルク家の当主に会いたいところだが、まずは近場から行くのが妥当だろう。ちなみに、デュークス島はガラシオル帝国領とサーマルディア王国領のほぼ真ん中にあり、よく晴れた日ならば帝国領からも見える位置にある。


「うむ、ならば使節団のメンバーを考えておいてくれ、できるだけ頭が回り問題行動を起こさない者で頼む。」


「承知致しました。留学生の人選も含めて、すぐに準備させていただきます。」


「よろしく頼む。では、余はそろそろ席を外そう。ここにいては、其方達の気も休まぬだろうしな。」


そう言い残して、ガラシオル皇帝はガランダの執務室を去っていった。


「さて、我々も政務に戻ろう。ハーンブルク領からの使節団がいる間は、全員気を抜かないようにっ!」


「「「はいっ!」」」





「ふう・・・・・・」


ハーンブルク海軍第四艦隊所属『氷雨』の艦橋から、『デュークス島』、『リバスタ』を中継地点として、シュヴェリーンに今日の会談の報告を終えたアキネは、やっとの思い出でホッと一息つける状態になった。


「お疲れ様です、アキネ様」


「そっちもお疲れ様、今日は疲れたわね〜精神的に。」


「そうですな。ですが、これもハーンブルク領のためと思えば、苦ではありません。」


「頑張るのはいいけど、頑張りすぎて倒れるなよ〜」


「はい、わかっております。ところでアキネ様、例の留学の件本当に許可してよかったのですか?」


部下の1人は、ガラシオル側との会談の際に疑問に思った事を率直に聞いた。

会談中ずっとアキネを支えていた彼女は、その事が頭の中に引っかっていたからだ。

それに対して、アキネは余裕の表情で答えた。


「うん、実は留学の件、向こう側が提案して来なかったらこちら側から提案するようにレオルド様から言われていたんだよ。だからラッキーって感じ。まぁ意図はわからないけどね。」


「そのことを、レオルド様には報告したのですか?」


「あぁ、私の報告に満足していらしたよ。きっと、私には考えつかないような狙いがあるんだろうな。」


「なるほど、確かにその可能性は高いですね。」


彼女らは、あえて留学についての詮索をしなかった。何となく、しない方が良い気がしたからだ。同時に、レオルド様が直接動いたなら自分たちは言われた通りに仕事をした方がハーンブルク領のためになる、とも考えていた。


「じゃあ私はもう寝るから、付近の監視はよろしくね〜。あ、それとサッカーの試合結果を聞くぐらいなら良いけど、無線であんまり遊ばないようにね〜」


「「「はっ!おやすみなさいませっ!」」」


ずっと気になっていサッカーの試合結果を知れるということで、艦橋に残っていた兵士たちは大きな声で喜んだ。


______________________________

どうでもいい話


時間が無いと言いつつ、なんだかんだで更新できている件について。


ちなみに、『追究編』の第6話からは皇帝が変わっています。

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