第8話 「……我々は今日まで、はしゃぎすぎた」みたいです!

久しぶりの果物と、平和な雰囲気で緊張がほぐれたのだろうか。

俺はここが危険な魔物がうじゃうじゃいる異世界の果てだということを忘れていたのかもしれない。


あの神様が作った神殿付きの湖がある山頂。

最後の段を上り、俺はそこから夕日の光る教室の方を見た。

橙色に染まった視界。夕日に照れされた教室と、その先に広がる広大な草原。地平線に沈んでいく夕日が見えた。

――そして、その前で黒くくり抜かれた大きすぎる影も見えた。


夕日に浮かぶそれはまるで人が片腕を振り上げて何かを殴ろうとしているような――


「いや、まてぇぇぇい!!!」


「ご主人!?」


に向かって、救世は全力ダッシュで坂を下った。


「【身体強化フィジカルアビリティ】!」


全身を強化し、教室を囲う壁近くに来てから救世は跳躍。高く浮き上がって巨人の拳の横を思いっきり殴った。

衝撃波と共に巨人の拳は本来の軌道を逸れ、教室を通り越して山の壁に衝突した。もともと教室周りのスペースは舗装されており、山側は削られて壁になっていたので、そこに巨人の拳が当たったようになった。

爆発音のような大きな音が鳴り響き、山が砕かれて粉塵が舞う。


「あ、あれは……!」


急な展開に全員が湖畔で棒立ちする中、啓太けいたが呟いた。そして、森での記憶がフラッシュバックした眠月みつきが言葉を繋ぐ。


「進撃してくる巨人じゃねぇか!?」


すると、二人の間を誰かが素早く走り抜ける。見ると、彩羽いろはが巨人に向かって走っていた。

さらにその後ろを、彩羽を追い抜かさん勢いで勝人まさとが駆ける。


「やる気だな」


彩羽の横に並んだ勝人が言う。


「我が力、とくとその目に刻め」


彩羽は少し目に力を入れて勝人を見て言った。


「「【身体強化フィジカルアビリティ】!」」


二人そろって言い、跳躍してそれぞれ巨人の右と左の肩にパンチを入れた。

進撃してきた巨人は二人に押され、草原の方へと後ずさる。

二人は互いの顔を、勝人は少し微笑んで、彩羽は険しい表情で見合った。

そこに救世も加わり、三人で巨人にかかろうと戦闘態勢を整えた、そのときだった。


「どけどけどけぇ~~!!」


救世の背後からそんな雄たけびが聞えてきた。


たけしさまのお通りじゃあ~~!!」


「た、たけし!?」


短髪の男子が物凄い勢いで坂をダッシュしてくる。

俺はすかさず毅を止めようとするが、毅はそれをスルリと避けて、起き上がりつつある巨人へと突っ込んでいく。


「【身体強化フィジカルアビリティ】! からの【空気弾エアーバレット】二連射ぁ!!」


巨人の股下を走り抜けた毅の両手から射出された野球ボールほどの空気の弾丸が巨人の太い足の膝の裏に命中する。

たちまち巨人は膝を折られて地面に膝をつく。


「最後に特大【空気弾エアーバレット】ぉ!!」


左手で右腕を掴み、右手に魔力を集中させて、今度は大きなバランスボールほどの【空気弾】を打つ。

それはみごと巨人の後頭部に命中し、巨人はどおぉんという音をたてながら前に倒れた。


「うお、おおおお!?」


毅の攻撃の一部始終を見届けた救世は、そんな呆けたような声を出した。


「しゃあ! やってやったぜぇ!」


ゴゴゴ……


「「「!?」」」


低い音と共に、倒れた巨人は起き上がった。どうやら完全に意識を持っていくことはできなかったらしい。

救世たちは急いでかまえる。すると、巨人は近くに落ちていた岩を片手で持ち上げ、投げた。そして、巨人は林へと帰っていく。

投げられた岩は、みんなのいる湖へと向かって落下していき――


「ぁわわわわ!?」


眠月のちょうど真上へと迫っていた。

眠月はこれまでにないくらいに慌てて腕をぶんぶんと振り回しては、最終的に岩を受け止めるかのように両腕を斜め上に突き出した。

すると突如、眠月の周りで風が巻き起こり、あっという間にそれは荒れ狂う暴風と化した。

背後の湖面が風に押されて波打ち、投げられた岩は暴風によって一気に減速した。しかし、軌道を変えるには風力が足りなかった。

すると、眠月の横を一人の女子が通り過ぎた。同い年なのにどこか先輩のような、クールな印象を持った長いくせ毛の少女だ。

彼女は手にしていたナタを大きく振ると、背丈以上もの岩を一刀両断した。同時に岩は切口からひび割れて形が崩れ、眠月の強風で来た逆方向へと吹き飛ばされていった。

それを見て、啓太はほっと胸をなでおろす。


「ふぅ……。ありがとうな、乃愛のあ


「いや、みんな無事でよかった」


乃愛は少し低い落ち着き払った声で言った。


「さすがです! 師匠!」


小桜こざくらも無事でよかった」


小桜と呼ばれたショートカットの女子は目をキラキラさせながら乃愛に駆け寄っていった。


「眠月も、お陰でたすか……」


「ふぐええぇ」


「眠月!?」


げっそりと顔色が悪い眠月が倒れそうになったところを、慌てて啓太がキャッチした。

結局、眠月は啓太と陽太ようたに支えられて教室まで運ばれ、その顔を見た救世に少し笑われたのであった。


ーーーーーーーーーー


時刻は日没寸前。

無事全員が教室へと帰還を果たしたところで、暗い教室の中で学級会が行われた。もちろん、主催は相変わらずの救世である。


「明かりがないって不便だな……」


少し現代文明が愛おしくなりながらも、さらに現代文明を愛おしくさせるような話をするために黒板前に登壇する。


「まず、先程の眠月と乃愛さんの活躍に盛大な拍手を!」


二人にパチパチパチと称賛の拍手が送られた。無論、眠月は完全にダウン状態なので椅子に持たれてげっそりとしていたが。

途中、「どうしたんこいつ」という琉偉るいの質問に「疲れちゃったんじゃない?」と苦笑いで答える陽太の会話もあった。

まさか眠月にあんなパワーがあったとは……などと思いながら、俺は拍手喝采を見送って、言う。


「では、本題に入ろう」


そして、俺は自分の思う最上級に超真剣な顔をする。教卓に両肘を付け、両手を顔の前で組む。例えるなら、そう、まるで重大な決断を迫られている総理大臣のように。


「……我々は今日まで、はしゃぎすぎた」


クラスは静まり返って、次の言葉を待つ。


「ここで一つ、今まで誰も触れてこなかった、とても重要でこれからの生活において大切な意見を聞く」


『……』


クラスは静かだ。満を持して、俺はその質問を口に出す。


「お前ら、風呂に入りたいかーー!!」


「イエーーッス!!」


そんな返事を、主に女子の皆様からもらった。


「貴重な意見、感謝する」



今、この教室周辺は【岩石操作】による壁によって多少のセキュリティを備え、湖から引いてきた水によって簡易水道と簡易トイレ(優斗ゆうと作)が備え付けられている。

しかし、ここには水はあるのに風呂がない。

異世界に来てからもう三日が経った。つまり、少なくとも三日間は風呂に入っていないのだ。

風呂に入ることを少しめんどくさいなどと思っていた俺でもさすがに入浴欲が出てきた。


「んぅー……」


救世は昨日の余りで焚かれた焚火をクラスメイト数人と囲んでいた。

今、優斗と啓太、土山による風呂場の建設が急ピッチで行われている。

その間、皆思い思いに過ごしていた。

壁が途切れて柵になっているところから草原を眺めたり、教室の上に登って夜空を眺めたり、俺と共に焚火を囲んで中二病設定が大量に書いてあるであろうノートを読んだり。

俺はというと、石の椅子に座ってノートと筆箱を用意し、ペン回しをしていた。隣では人化したままのウチの犬が寝ていた。


「さて、これからどうするか。やることめっちゃあるなー」


ノートのタイトルは『教室から始まる異世界の果て生活 with classmates』。びみょーに元世のアニメを意識したかもしれない……。

最初の一ページを飛ばして二ページ目の真ん中に四角が書かれており、その中に『教室』と書かれている。

更にその周りを壁である四角で囲い、【岩石操作】で開け閉めしている出入口、その真反対に位置するトイレとそこへ繋がる短い通路を書き足していく。


「んで、今、この通路の突き当りの先に風呂を作っていると。入口はトイレの横だな」


ついでに湖へと上がる階段と神殿のある湖、反対側の果物の森まで書き足して、簡易地図の完成。おっと、バカ背の高い森を忘れてた。

ページをめくり、上に『やることリスト』と書く。


「まぁ、早急にやることと言えば、明かりの確保だなー」


今ある明かりと言えば、この焚火と壁に取り付けてある数か所しかないたいまつ置き場に置かれた数本のたいまつと月明かりのみ。

正直これでは夜の時間を有効活用できない。

あと、服の洗濯だ。さすがに一から服を作るのは手間なので、洗うのがいいと思った。

ちなみに異世界に来てからずっと制服。中にジャージを着ていた男子や、隙を見つけて着替えた男子は制服を脱いでいるが、女子の方々はそういう訳にもいかない。

そう、異世界三日目にも関わらず、最初に衣食住が大切だと言ったのにも関わらず、生活に必要なことをほぼ何もできていない。

おまけに三日間、一日一食ときた。

肉、肉、果物。


「……」


だから言ったのだ。我々は、はしゃぎすぎたのだ、と。


「……うおぉぉぉ!!!」


「救世さんー! 外枠できましたよー!」


「はいー!」


優斗に呼ばれて、俺は風呂場へと向かった。


行ってみると、縦長の1Kほどの広さで、素材こそ全て石造りなものの、間取りは小さな銭湯のような空間ができていた。


「おお、なかなか広いな」


「おう。一応、数人でまとまってはいれるように広く造ったぜ。仕上げはまだだけどな」


俺が感想を述べると、作業がひと段落した啓太が言った。


「しかし、問題がひとつありまして」


「問題?」


優斗が言い、俺はなんとなく予想をしながらも訊いた。


「はい。お湯、をどうしようかと」


「やっぱそこだよなぁー」


俺は顎に手を当てて考える。

昔のように下から焚火を……いや、釜がないと効率悪いか……そもそも水を温めるにはどうすれば……。


「どうしても金属が必要だよなぁ」


「そうなんですよ。そこで救世さんの力をお借りしたくて」


「俺の?」


「そうです。救世さんなら異世界に詳しいと思うので、なにか発想があればと」


「うむぅー」


頭の中で色々な案が浮かぶが、どれも負担が大きかったり、入手できないものがあったりと、なかなかいいものが思いつかなかった。

すると、唐突に誰かに名前を呼ばれる。


「救世くん!」


声の聞えた方を向くと、そこには通路と風呂の間にある脱衣所としてつくられた空間から美里が焦った表情で顔を出していた。


「森の中から、ぴぐりんぐれーと? の大群がこっちに向かってきてるって!」


ハテナのところだけ首を傾げたのはかわいい。かわいいが、今は癒されている場合じゃないらしい。


「まじか」


どうやら奴らと再び戦うことになるらしい。

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