第7話 山の裏側に突撃します!


「ご主人ー! 起きろ〜!」


異世界に召喚されて3日目。

救世きゅうせいは犬人間となった飼い犬に馬乗りされてボコスカと殴られていた……。

いや、訂正しよう。断じてそんなことにはならない。

犬人間となった飼い犬は、寝転がる救世の腹にまたがってペチペチと救世の顔を叩いていた。


「ごーしゅーじーん! あんばさだー!」


「あんばさだー!!」


ガバッと叫びながら上半身を起こした救世は、浮き上がった飼い犬を見る。

ちなみに、この2人の間での「あんばさだー」とは「朝が来たー」の意である。


「ああ、ウチの犬。おはよう」


「おはー!」


バッチリ目が覚めた救世は辺りを見回す。窓の外はまだ薄暗く、教室の中は暗かった。

救世はグッと背伸びをして立ち上がり、教室の外に出た。


「ふぅー」


うっすらと明るい早朝の空を見上げて、救世は肺に溜まった空気を抜いた。

そして呟いた。


「あー肉飽きたな」




「ということで! 我々はこれからこの山の向こう側へ進撃を開始するっ!!」


 もはや俺が仕切ることが当たり前かのようになってしまった朝の学級会で、登壇早々にそう叫んだ。


「どういうことで?」


「さぁ? 向こう側に食べ物でもあるのかもね」


「そういうことで」


 学級長の高村たかむら琉偉るいが首を傾げると、隣の席に座っていた田中たなか陽太ようたが答えた。


 全員が着席する中で、俺はちっとも眠くなさそうな前田まえだ眠月みつきにキラキラとした目で見られながら、続ける。


「実は昨日、神殿に行ったときにこの山の反対側を一望したんだが、どうやらそこには大量の果物がなった木々があるらしい」


なぜ「らしい」なのかは突っ込まないでくれ。雰囲気だ雰囲気。


前を見たまま、高村が「おお、当たった」と呟く。

陽太は小さく微笑んだ。


「それでなんだが、今回はみんなで行こうと思う。食べれるかを確認し次第、昼食を摂って収穫する。一応、みんなカバンを持っていってもろて。果物は数日もつだろ」


言って、俺は会を閉めた。


「……果物ってすぐ腐るくね?」



それから各自準備をし、教室の周りを囲む石の壁から出て、啓太けいたたちの岩石操作でしっかりと戸締りをした。


「啓太の戸じま……」


「やめろ」


岩石が滑るのを見ながら呟いた御陰おんかげ彩羽いろはに、俺は素早く言葉を被せた。


そうして、我々2年1組一行は神殿までの舗装した道を登っていった。神殿周りの元々舗装されていた道まで着くと、湖の外周を4分の1ほど歩いて果物の森と呼べるその場所を見下ろした。


「あれが例の森ですか。もう、一度行ったのですか?」


学校カバンを背負った北原きたはら優斗ゆうとが救世の横に立って言う。


「いや、ここから見ただけ。昨日はもう日が暮れそうだったからさ」


「そうなんですね。確かに、ここからでも分かるくらいにたくさんの実がなってますね」


指でメガネを押し上げて、優斗は周辺の景色を眺める。

俺は振り返って啓太と土山を呼んだ。


「じゃあ、頼むぞー!」


「よっしゃあ、任せとけ!」


2人は早速作業に取り掛かり、地表の岩を凹ませて次々と階段を作っていく。教室周りのように滑らかにする時間はないので、表面がざらざらとしているが、しっかりと固めてくれているので滑る心配はないし、なんなら滑り止めになるだろう。

俺とウチの犬はその間に後ろからついてきていたみんなと合流しながらいう。


「下への階段作っている間、一旦ここで休憩なー」


「あ〜」

「つかれた〜」


上下かみしも又羽または上下かみしも又異まいの双子が、そう言いながら湖側に設置されていた横に長い石のベンチにどっかりと座った。


「疲れたね~。そういえば、又羽ちゃんと又異ちゃんってどっちがお姉ちゃんなの?」


二人の横に座っていた野村のむら美里みさとが微笑んで言い、不思議そうな顔で二人に訊く。


「又羽がお姉ちゃんー」

「又異がお姉ちゃんー」


二人ともお互いを指さして、仲良く声をそろえて言った。


「……えっと、じゃあ、妹さんは?」


「妹はねー」


又羽が言い、自分を指さして言う。


「わたしー」

「わたしー」


二人とも、自分を指さして言った。


「ああ、へ、へぇー。そうなんだ」


美里は少し動揺しながらもリアクションした。


「下の森ー、果物いっぱい生ってたよー」

「早く食べたいねー。みかんあるかなー?」


そんな会話を横目に、救世は、親もどっちがどっちか分かってなかったんじゃないかと思った。

そうして、目線を上げると、他のクラスメイトと明らか違う装備のやつがいた。


「お前はなにか? 登山でもしに来たのか?」


座っている女子学級長、小林こばやし藤花とうかと笑顔で話していた明らか装備が違う人物――鈴木すずき烈花れっかがこちらを振り向く。

背には立体長方形のデカいカバン。服は……明らか登山服だった。


「おおー! 学級会会長! それにウォジェルー! 今朝もお疲れ様!!」


「俺はいつから学級会の会長になった!? なったつもりないわ!」


「おっすー!」


俺が突っ込んでいる間にウチの犬が元気に返事する。

確かに、いつの間にかそんな感じになってしまっているのは否めないが……。


「で、その装備は一体……」


「なんか通学カバンに入ってた」


「お前、通学カバンに何詰めてんだよ!?」


「それは驚きすぎる!?」


すると、石のベンチに座っていた藤花が小さく笑いながら言う。


「烈花さん凄いんですよ。高枝切りバサミ持ってるんです」


「え、今?」


「はい、さっきカバンの中に入っているのを見せてもらいました」


「烈花って未来予知できるタイプの人間……?」


「しかも、伸縮するやつだよ……!」


烈花は自慢するように胸を張る。


「おおー! しんしゅくするやつ!」


ウチの犬が目をキラキラさせる中、これには流石の救世くんもびっくりすぎて言葉が出ない。


「おーい、救世さん! 啓太さんたちがもうすぐ階段を作り終えますよー!」


「おーけー! じゃあ、行こうか。くれぐれも転げ落ちるなよ」


優斗の報告を受けて、救世は言い、みんなで階段を下り始める。


階段の幅は十分で、一段一段の足場が広く固められている。山に敷かれた階段というと縦幅が狭くて危なっかしいイメージだが、啓太と土山が作ったこの階段は特に段が傾いているでもなく、縦幅も十分すぎる。まるでスロープのようだと言いたいところだが、山の側面という立地上、上の方はやはり少し急になっていた。

滑り止めのために表面はざらざらとしていて、小さく転んだだけでも膝を擦りむいてしまいそうだが、そもそも転ぶほど窮屈な階段ではないので、大丈夫そうだ。

この配慮の利いた作りに救世は感動して、啓太と土山を心の中で褒めたたえた。


「まじ配慮利いてていい階段だった! さすがだ二人とも! まさに職人の鏡!」


「おつかれさまだぜっ!」


そして、現実でも褒めたたえた。ウチの犬と共に。


「Nice job」


彩羽も親指を立てて言い、さっそく果物を収穫にいった。

啓太はにっと笑って、土山に拳を向けた。それを見て土山も微笑み、啓太と拳を合わせた。


救世は振り向いて、教室と反対側にあるこの森を眺める。

特に密林という訳ではなく、ほどよく木と木の間に光が差し込み、とても明るい雰囲気があった。もちろん、その木々には色とりどりの果物が生っており、クラスメイト達がそれらを見上げている。

地面には背の低い雑草が生い茂っており、所々で花が咲いている。木々を除けば、教室前の草原と同じような風景だった。


「みんなー、果物食べる前に優斗に鑑定してもらえよー。毒だったらオワリだ」


ごくりと生唾を呑む音が聞えた。それには、毒と聞いた緊張から発生したものと、果物を前によだれを垂らして発生したものがあった。




一通り優斗に鑑定を貰ってから、みんなそれぞれに筆箱に入っていた自分のハサミで果物の収穫を行った。鑑定の結果は、結局のところ毒のある果物はなかった。


「あれ、取れないかな……」


藤花は少し上の方にあるりんごのような果物を見上げ、手を伸ばす。しかし、掴むどころか触れることすらできず、背伸びを止めて少し下がった。

それをたまたま見ていた陽太が少し走って、タッと軽快にジャンプし、りんごを掴んだ。


「はい、どうぞ。藤花さん」


「ありがとう。陽太くん」


りんごを渡して手を振りながら、陽太は琉偉のところに戻っていった。



「さあ! 切るよ~!!」


高枝切りバサミで高いところにある果物を次々と切り落としていく烈花。その周りで、又羽と又異が落ちてくる果物をカバンを広げてキャッチしている。


「ほ! ほっ!」

「ほっ! ほ!」


「おっと! ほい! うわぁ!」


もちろん、上下双子の近くにいた美里も参加させられ、多少気後れしながらも落ちてくる果物をカバンでキャッチしていた。



「っていうかマジりんごだなこれ。モグモグ」


階段前の木の生えていない小さな草原にて、赤い木の実を齧りながら眠月が言う。


「ついにりんごご本人様の登場だな。モグモグ。よし、こいつの名はりんごにしよう」


それに対し意味の分からない返しをしながらも、救世はみんなの様子を見ながら今しがたりんごと名付けたそれをもう一口齧る。


「ご主人、それはないすあいであ……もぐもぐ」


ウチの犬は救世の横で浮遊を止めて地面に座っていた。自らの口にりんごを押し付けたままずっともぐもぐしている。

ちなみに彩羽はというと、木に登って太い枝に座り、幹に背を預けて同じくりんごを齧っていた。

優斗は昨日あげた大賢者の本の部分を読みながらページをパラパラとめくっている。

すると、森の中の木から、詳しく言うと生い茂る木の葉の中から誰かが飛び出してきて、救世たちの前にきれいに着地した。


「……勝人さんや、一体森の中で何をしてきたのかな?」


昨日、晩御飯のウルフを単独で大量に狩ってくるという偉業を成し遂げた剣道部。白井しらい勝人まさとが答える。


「ここら周辺を見回ってきました」


「ほう」


「敵は見当たりません。どうやら、この森はこの山に囲まれているみたいで……」


「ちがーう。それも聞きたい情報だったが、俺が真に聞きたいことは別にある」


「……」


俺は木の葉だらけの勝人を指さして言う。


「なんでわざわざ枝渡りなんて方法で見回りをしてきたのかってことだ。別に地面を走っても良かったろ」


「……」


「わかるぞ~。俺も忍者みたいに木の枝を飛び移って移動したいもんなぁ。今なら身体強化でそれも叶うもんなぁ」


「いえ、単に上を取れるからですけど」


「ふぇ?」


「もし敵がいた場合、先手を上から打てるというのはかなりのアドバンテージがあると思うので」


眠月と少し離れたところから優斗の視線が救世に向く。


「……」


すると、眠月がりんごを食べ終え、救世の肩にぽんと手を置く。


「ウォジェルは俺に任せてさ、ちょっくら夢叶えて来たらどうだ」


救世は顔を真っ赤にして叫んだ。


「うるさぁぁぁい!!!」



 そんなギャグ的な会話をぼんやりと眺めて、風月ふうげつ夜見よみはツタが絡みついた木の下で座っていた。ツタからは紫色の実が数個ついている房がさがっていた。

 夜見は長い黒髪を垂らし、ぼーっとしていた。すると、長髪で狭い視界に近くに立った二本の足が見えた。

 長い前髪を目の上に、ぱっちりとした大きな目を上げると、そこにはぼさぼさで少し髪の撥ねている整った顔の少年がいた。

 クラスメイトの空翳うろかげそらだった。

 空は無言で黄色の木の実を夜見に投げ渡す。

 それを受け取って見てから、夜見は再び空を見上げてぽかんとした顔をする。


「食っとけ」


 それだけ言って、空は吊り気味の目を夜見から離し、その場を去った。

 その姿を黒髪で見えなくなるまで目で追って、長い睫毛まつげを一回上下に動かした。

 遠くから「これみかんだよねー!」「やったーみかんだー!」と又羽と又異の嬉しそうな声が聞えた。


「私が何も食べてないの、バレてたのかな……」


夜見は小さく呟いて、通称みかんと呼ばれる果実の皮を剥いてひとつ、口の中に放り込んだ。


「……すっぱ」

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