第3話
みんなが自分のことを下に見ていることはわかっていた。
体はひ弱だし、特別勉強ができるわけでもない。
輪の中に入るのも苦手だし、話術に長けているわけでもない。
恵一は自分の席へ戻ると、机の下でデジタクカメラを確認した。
恵一が必死になって守った甲斐があり、傷ひとつついていない。
そのことに安堵してから、さっき撮ったばかりの写真を確認した。
友人と一緒に談笑しているリナの写真だ。
リナの笑っている横顔はとても愛らしくて、見た瞬間に心が温かくなるのを感じる。
よかった、ちゃんと撮影できているみたいだ。
実は恵一の部屋にあったポスター類のほとんどが、こうしてリナを盗撮したものだった。
もちろん、自分が悪いことをしているという実感はある。
だからこそああしてバレないように最新の注意を払っているのだから。
今日は運悪く大田に見つかってしまったけれど、こんなことは10回に1回もないケースだった。
恵一はカメラの中のリナを見つめて頬を緩めたのだった。
☆☆☆
恵一がアイドルに憧れるようになったのは高校に入学してからだった。
生まれつきに体が弱かった恵一は入退退院を繰り返していて、小学校に入学してからもなかなか学校になじむことができずにいた。
特に中学時代は最悪で、たまにしか学校に来ない恵一のことを攻撃してくる生徒は多かった。
どうせ仮病でサボっているだとか、1人だけ学校で特別扱いをされているだとかいう噂は日常茶飯事。
体育の授業はすべて休んでいたから、それに対しても非難の目は耐えなかった。
それでも高校に入学すればみんなも少しは大人になる。
事情を理解してくれるだろうし、恵一の体調も随分とよくなっていた。
体育などは参加できないが、他の授業はみんなと一緒に参加することができる。
中学生活が灰色だった恵一は特に高校生活に期待を抱いていた。
ちゃんと学校へ行くことができれば友達だってすぐにできる。
今までの自分とは違うんだから大丈夫だと。
でも、現実はそこまで甘くはなかった。
中学までとは違い、確かにこちらの事情を理解してくれる生徒は増えた。
しかし、だからと言って友人になれるかどうかは別問題なのだ。
今まで病院の中で大人たちに囲まれてきた恵一は、友人の作り方もよくわからないままだった。
教室へ入って挨拶をすれば誰かが返してくれる。
だけどただそれだけで、休憩時間を恵一と一緒に過ごそうとしてくれる生徒はいなかった。
もしかすると最初のころは体が弱い恵一にみんなが遠慮していたのかもしれない。
だけどそう気がついたときにはすでに遅かった。
みんなそれぞれ仲のいいグループができていて、恵一はひとりで椅子に座っていた。
自分から声をかけてみても、ずっと入院していた恵一は流行り物や学校で人気なものなのに疎く、会話が続かない。
2言くらい話すのがやっとだった。
学校で孤独を感じ始めたときに出会ったのが、テレビの中の女性アイドルだった。
歌って踊って、トークもおもしろくて。
そんな彼女たちを見ていると自然と笑顔になれていた。
「恵一、これ誕生日プレゼントだ」
高校1年生の誕生日のときに父親から渡されたのは、その時恵一が一番熱を入れていたアイドルのライブ映像が入ったDVDだった。
コンサートなどももちろん興味があったけれど、まだまだ体力のない恵一は行くことができていなかった。
父親はそんな恵一の気持ちをちゃんと見ていてくれていたのだ。
DVDの中で彼女たちは沢山の人の前で輝いていた。
会場は熱気に包まれていて、とても恵一が長時間その場で耐えられるとも思えない状況だ。
父親からのプレゼントはとても嬉しかったが、それは同時に恵一に絶望も与えた。
自分たちは彼女たちを間近で応援することもできない。
コンサートで盛り上がることもできないと。
しばらくは落ち込んでしまった恵一だが、その数日後に地元のテレビを見ていて衝撃の存在を知ることになる。
それは地元で活躍する地元アイドルの存在だった。
彼女たちはその名の通り地元を拠点として活動していて、お祭りなどのイベントに呼ばれるアイドルたちだ。
国民的なアイドルに比べればその人気は随分と質素なものだけれど、これなら自分でも会いに行くことができると考えたのだ。
花火大会のステージで彼女たちの姿を見ているお客さんはお世辞にも多いとは言えない。
無料ステージなのに、集まっているのはほんの十数人でその大半は彼女たちの親族だ。
それでも、ステージに立っている彼女たちの輝きはテレビの中で見るアイドルたちと代わらないように見えた。
歌って踊って、たどたどしいトークをして。
一生懸命に頑張っている姿に、自分の治療を思い出した。
自分も同じだ。
この子達と同じようにたどたどしく、だけど懸命に治療をしてきた。
それと一緒だ。
「この、長沢リナって子は同じ学校じゃない?」
いつもの食卓で熱心に地元アイドルについて話をしていた恵一に、母親がそう言った。
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