第2話

連射でリナの横顔を撮影した恵一は満足し、デジタルカメラをポケットへ戻す。



教室へ戻ろうと振り向いたそのときだった。



大きな壁が目の前にあってあやうくぶつかってしまいそうになった。



ギョッとして立ち止まった恵一を、その壁は見下ろしていた。



「なにしてたんだよ今」



壁がしゃべった。



いや違う、壁ではなくてクラスメートの大田だ。



大田は学年でも一番体が大きくて、キックボクシングをしているという噂を聞いたことがあった。



恵一は大田を見上げて、その身長差に青ざめた。



165センチでヒョロリとした体系の恵一と、195センチでガッチリとした体系の大田では、見下ろされるだけでひるんでしまう。



「べ、別に」



小さな声で言って大田の横をすり抜けようとしたが、腕を掴まれてとめられてしまった。



大田からすればそれほど力を入れて引き止めたわけでもないのに、恵一は体のバランスを崩して窓に手をついた。



リナがその振動に気がついて一瞬視線をコチラへ向けた。



恵一の心臓が一段と高鳴る。



しかしリナは恵一と大田に関心がないようで、友人を笑いあいながら教室へと戻っていってしまった。



「お前、今隠し撮りしてただろ」



「な、なんのこと?」



ヘラッと情けない笑顔を浮かべて対応する。



しかし大田はその笑顔が気に入らなかったようで、眉間に深いシワを寄せて恵一を睨んだ。



「とぼけんなよ! 俺は見たんだ!」



大田に突き飛ばされて恵一の体は廊下を吹き飛んだ。



下手したら廊下の端まで滑っていってしまいそうな勢いだ。



大田はまだ手加減してくれているみたいだが、恵一にはたまったものじゃなかった。



「そ、そんなことしてない。僕は、なにもしてない」



必死に左右に首を振って弁解する。



そんな恵一には大田は近づいた。



恵一は近づいてくる大田にゴクリと唾を飲み込んで、すぐに立ち上がって逃げ出そうとする。



しかし、足が滑って立ち上がることができない。



仕方なく四つんばいになって逃げ出すが、すぐに首根っこを掴まれてしまった。



「カメラ隠しただろ」



後ろから大田に聞かれて恵一は懸命に左右に首を振った。



このデジタルカメラは自分の宝物だ。



あのクソ店長からの嫌味を半年間耐え続けて、ようやく手に入れたものなんだ。



恵一は咄嗟にその場にうずくまって丸まった。



「おい、出せよカメラ!」



大田が恵一のわき腹を足先で蹴ってくる。



とても弱い力だけれど、守るものがないわき腹を蹴られるとダイレクトに内臓に響く。



恵一は低い声を上げて痛みを耐え、しかし顔は決してあげなかった。



大田の仁王のような顔を見ると自分がデジタルカメラを渡してしまいそうだったからだ。



「おかしいだろお前! 自分がなにやってんのかわかってんのかよ!」



大田は正義を振りかざして恵一のわき腹を蹴り続ける。



その力は次第に強くなってきて、恵一は痛みで常に顔をゆがめていないといけなくなった。



でも渡さない。



このデジカメだけは、絶対に。



歯を食いしばって痛みを絶えていると、ホームルームが始まるチャイムが鳴り始めた。



そのチャイムをきっかけに大田の動きが止まった。



「チッ」



軽い舌打ちと共に、B組の中へと入っていく気配がする。



その気配が完全に通り過ぎるのを待って、恵一はようやく顔を上げた。



「なにをしているの?」



そこには担任の女性教師が立っていて、まるで汚いものでも見るような視線を恵一へ向けていたのだった。

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