最終話 最高の彼女

「……あなた、誰ですか?」



 おばさんが訝しむような目を雫へ向ける。

 雫は堂々とした立ち振る舞いで、おばさんへ女神の笑顔を向けた。

 いや、ただの笑顔じゃない……怒気を孕んだ、恐怖の笑みだ。



「初めまして。わたくし、祈織くんとお付き合いをさせてもらっている雪守雫と申します」

「そ……そう。息子がお世話になっています」



 雫の笑顔に気圧されるおばさん。

 この人に息子って呼ばれると、気持ち悪いものがある。



「雫、なんでここに……?」

「諜報部から連絡がありまして。おば様が、祈織くんに接触したと。なので明日香ちゃんたちを送り、急いで戻ってきたのです」



 ごめん。飛んで来てくれたことには感謝してるけど、諜報部って何? そんなの知らないんだけど。

 俺と雫のヒソヒソ話が気に食わなかったのか、おばさんは眉をひそめて咳払いをした。



「……それで、雪守さん。私は今息子と話があります。家族の話に水を差さないでください」

「差しますよ。彼の問題は、私の問題ですから。……いくらおば様であろうと、祈織くんを傷付ける人は許しません」



 二人の視線がぶつかり合う。

 と、おばさんがそっと息を吐いた。



「何も知らないのに、家族の問題に口を挟むなんて……世間知らずもいいところね」

「知っていますよ、全て。ですが、そちらの問題に祈織くんを巻き込まないでください。不愉快です」

「……なんですって?」



 おばさんの視線が鋭さを帯びる。

 雫は笑みを崩さないまま、いつの間にか傍で控えいた宮部さんへ手を伸ばした。



「玲奈さん」

「はい、お嬢様。こちらに」



 宮部さんの手には、茶封筒がいくつか。

 その中を取り出すと、何やら文字がびっしりと埋まっていた。



「これは雪守家の諜報部が調べた、祈織くんに関する資料です。その中には、あなた方のものも含まれています」

「調査資料、ですって……?」

「殿町あかね。旧姓牧田あかね。祈織くんのお母様、牧田凛の実妹。年齢は三十八歳。職業はパート。夫との間に双子の娘がいて、来年から高校に進学予定。夫は株式会社スノーマウンテンで課長職を勤める……知ってます? この会社、雪守家の親族が経営しているんですよね」



 え……そうだったんだ。それは知らなかった。

 おばさんも知らなかったのか、口を開いて唖然としている。



「雪守家直系の私の一言で、あなたの旦那さんがどうなるか……わかりますよね」

「そ、それは……」

「まだありますよ。……あなた、借金していますね?」

「ッ!?」



 雫の言葉に、おばさんは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。

 この反応を見るに、本当のことらしい。



「雫、どれくらい借金してるんだ?」

「ざっと一千万ほど、パート先の浮気相手やホストに」

「いっせ……!?」

「利子が発生して、今はそれ以上の額ですが。ウィンターファイナンシャルグループ……これも、雪守家の親族が経営していますね」



 雪守家一族、いろんなことに手を出しすぎじゃない?

 おばさんを見ると、顔面が青白くなっていた。震える体を抑えるように、腕を握っている。

 これだけの弱みを掴まれて……しかも掴んでいる相手が一族直系の一人娘なんて、洒落でも笑えない。



「そ、そんなのでっち上げ……!」

「でっち上げではありませんよ。借金時に書いた契約書のコピーもあります。筆跡鑑定の証明書も。ホスト通いしている写真もあります。なんなら、寝ている旦那さんの横で浮気相手とおっぱじめてる写真とか映像もありますが、いります?」



 雫が封筒を逆さにすると、出るわ出るわ、大量の写真が地面に散らばった。

 おばさんは慌てて写真を集めると、ビリビリに破こうとしている。そんなことしても、元のデータがあったら意味ないんだけど。

 地面を這っているおばさんを、雫はゴミを見るような目で見下ろす。



「今すぐここを去って、今後二度と祈織くんと接触しないのであれば、この件は不問にします。ですがまた祈織くんに接触するのであれば、この証拠を関係各所へ送り、借金についてもあなた方の財産を差し押さえさせていただきます。……あまり雪守を舐めると、人生壊れちゃいますよ?」



 女神のような悪魔の笑顔で、最後通告をする。

 おばさんも流石に参ったのか、震える脚に鞭を打って足早にアパートを去っていった。

 ……終わった……のか? 終わったんだよな……?



「はぁ……雫、ありがとう」

「いえ。これくらい、いつもの社交界でのマウント合戦に比べたら、なんでもありませんよ」



 肝座ってんな。流石天下の雪守家。

 あ……やば。逆に俺の方が脚が震えて……。

 今にも崩れ落ちそうになると、雫が俺の体を支えるようにして抱き着いてきた。



「……俺、かっこ悪いな」

「そんなことないです。祈織くんは世界一かっこいいです」

「大袈裟だよ」

「大袈裟なもんですか。私が世界一かっこいいと言ったら、世界一かっこいいんです。誰にも文句は言わせません」

「……ありがとう」



 俺は雫の腰へ手を回し、ゆっくりと頭を撫でる。

 こんなにも俺を想ってくれる彼女、雪守雫。

 可愛くて、どこから抜けてて、気遣いが出来て……そんな最高の彼女を、絶対に幸せにする。

 そう誓い、雫とキスをしたのだった──。






「そうだ。借金や浮気に関しては許してますが、住居侵入と通帳の窃盗に関しては許してないので、警察へ通報しておきますね」

「後出しが過ぎる」

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