エピローグ

   ◆



「ようこそ祈織くんっ、我が家へ!」



 ある日、雫の家に着くと、雫が玄関先で満面の笑みで待っていた。



「我が家へって……もう何度も来てるじゃん」

「何を言いますか! 今日という日をどれだけ待っていたと!?」

「昨日だな」



 そう。おばさんとの一件があったのはつい昨日のこと。

 それからすぐに、雫が一緒に住むと言って駄々をこねたのだ。

 まああんなことがあったんだ。心配になる気持ちはわかるけど、まさか昨日の今日で雪守家に一緒に住むことになるとは……。



「祈織くんにとっては昨日ですけど、私にとっては悠久の時に等しいのです!」

「あー……心配かけたみたいで、すまん」

「本当ですよっ。全くもう、ぷんぷんですっ」



 昨日から絶え間なくメッセージ来てたから。お陰で寝不足なんだけど。

 欠伸を噛み殺していると、宮部さんが俺の荷物を車から下ろしてくれた。



「あ、すみません。ありがとうございます」

「いえ。祈織様は雪守家にとって大切なお方なのですから、当然です」



 そ、そこまで持ち上げられると、返って申し訳ないんですが。



「さあさあ、祈織くんっ。早く部屋に行きましょうっ」

「わ、わかった。わかったから引っ張らないで……!」



 雫がぐいぐいと屋敷の中に引っ張っていく。

 今日からここに住むのか……き、緊張してきた。



「あ、そうだ。今日の夜、丁度お父様とお母様が帰ってくるんですよね」

「へぇ、海外にいるって言う?」

「そうです。祈織くんにご挨拶したいらしいですよ」

「そうか。ならちゃんとしないとな」



 …………。

 ………………。

 ……………………。

 …………………………え?



「ご挨拶?」

「はい」

「俺と?」

「はい」

「ご両親が?」

「はい」



 ……じーざす。



「私がベタ褒めしておきましたから、本当に会うのを楽しみにしてくれてるんですよっ」



 ベタ褒めされる要素ないんだが!?

 えっ、待って待って待って。全然心の準備出来てない!



「ちょっ、待って! せめて手土産を用意させてくれ!」

「もう遅いです〜」



 そんなウキウキ顔で言われても!



「あ、今祈織くん、ストレス感じてますね?」

「こんな状況で感じない方がどうかしてると思うが」



 ご両親に挨拶するのに肝が太いとか、据わってるとか、そんな次元じゃないでしょ。

 あああっ。こんなの、雫と初めて致した時以来の緊張だっ。

 ニコニコ顔の雫は、「それじゃあ……」と口を開いた。



「両親が帰ってくるまで、エッチしましょうか♡」

「お前が何を言ってるのか理解出来ない」

「ストレスを発散するには欲望の解放が一番。いつもやってることですよ?」

「今じゃない今じゃない」



 なんでご両親に会う前にヤらなきゃいけないんだ。

 そんなの申し訳なさ過ぎて気が滅入るんだけど。



「んー……なら、言い方を変えます。実は私もちょっと緊張してるんですよ。彼氏を親に紹介するのって」

「……それで?」






「雇い主として命じます。私のストレスを発散させてください」






 ──あぁ、なるほど。そういう……。



「……雇い主から言われたら、受けるしかないか……」

「それでこそです。さ、お部屋行きますよー♪」



 雫が俺の腕を引っ張り、部屋へと向かっていく。

 まさか体の関係から、本当に付き合えるとは思ってもみなかった。

 欲情したお嬢様のお相手は……クラスメイトじゃなく、彼氏の俺じゃなきゃな


 そんなことを考えながら、俺は今の幸せを噛み締めるように、雫の笑顔を見つめていたのだった。




【完】

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