第31話 バカップル、初デート

 箱根旅行三日目。

 今日は四人で行動ではなく、俺と雫、和樹と東堂で別れて行動することに。

 せっかく二組のカップルが出来たんだし、箱根デートをしたいという雫と明日香の提案だ。

 てわけで、俺と雫は昨日行けなかった美術館巡りをすることになった。



「雫って、美術館好きなのか?」

「そうですね。芸術品を見るのは割と好きです。お家にも両親の買った芸術品が色々あるので、その影響で」



 ああ、そういや絵画とかお皿とか壺とか、色々と飾られてたっけ。

 あれも全部高そうだったな……今度雫の家に行ったら、ちゃんと見てみよう。



「雫が芸術品が好きって、ちょっと意外だな」

「ふふん。これでも目利きには自信があるのです。でも意外とは失礼ですね。なんて思ってたんですか?」

「頭ピンクお嬢様」

「祈織くんが私のことをどう思っているのか、よくわかりました」



 ぷくーっと頬を膨らませる雫。わかりやすい怒り方で助かる。

 なんとなく可愛くて、雫の頬を指でつつく。と、ぷしゅーと口から空気が漏れた。



「祈織くん!」

「悪い悪い。っと、着いたみたいだ。降りよう」

「あっ。もう……!」



 送迎の車を降りると、急に空気が澄んだような感覚になった。

 木々に囲まれた、心が引き込まれるような正面入口。心を奪われるとはこういうことを言うんだろうか……。



「すごいな、ここ……」

「私もここ、すごく好きです。さ、行きましょう♪」

「ああ」



 雫が自然と腕に抱き着き、手を絡ませてくる。

 腕に当たる特盛の感触や雫の熱が愛おしい。

 見ると、雫は幸せそうな顔で俺の腕に頬を擦り寄せていた。

 こうして堂々と人前でイチャつけるなんて、地元に戻ったら難しそうだし……今は思う存分甘えさせてやるか。

 二人分のチケットを買い、展示室へ向かう。

 西洋の絵画や彫刻、日本の絵画や彫刻、それに陶磁器やガラス工芸まで飾られているらしい。

 目を惹く芸術の数々に、思わず声を漏らした。



「こうして見ると、すごいな……」

「…………」

「……雫?」



 話しかけても反応がない。

 と、雫は腕を離して芸術品の説明をじっくり読んだり、飾られているものを隅々まで注視している。

 よっぽどこういうのが好きなんだな。目が輝いてる。



「どうだ、雫? 綺麗か?」

「はぃ……」

「雫の方が綺麗だよ」

「はぃ……」

「……ウルトラソウル」

「はぃ……」



 ダメだ、完全に集中してて俺の声が届いてない。

 俺も芸術品は綺麗だと思うけど、そんなにじっくり見るほど熱中はしていない。せいぜい数十秒見たら、次に行きたくなるタイプだ。

 けど雫が集中して見ているし、置いていくなんて論外。

 仕方ない。雫でも見てようかな。

 熱心に展示品を見ている雫。を、見ている俺という謎構図。

 でも展示品はすぐ飽きるのに、雫はいつまで見ていても飽きない。

 雪守雫という芸術品は、何よりも勝る。

 そのままずっと見つめていると、雫はこの部屋の展示品は全て見終えたのか、ほっと息をついた。



「ふぅ……ぁ。な、なんですか? なんで私の顔をずっと見てるんです……!? えっ、私変な顔してました?」

「気にすんな。俺の中で、世界一の芸術品を見てた」

「?? ……〜〜〜〜ッ! ばっ……! ……ばか。好き。ふんっ」



 理性は残ってるのか大きな声は出さず、俺の手を握ってブンブン振ってくる。嬉しさと恥ずかしさで、どんな反応をしていいのか困ってるみたいだ。



「も、もう祈織くんなんて知りませんっ。ふーんだ。祈織くんなんて、美術館の中で迷っちゃえばいいんですー」

「とか言いつつ、腕離さないじゃん」

「何言ってるんですか? 離れ離れになったら、私泣いちゃいますが?」



 言ってることが支離滅裂だぞ、雫。離れたくないのはわかったけどさ。



「つ、次行きますよっ。まだまだ沢山見るものがあるんですから……!」

「はいはい」



 ま、雫が楽しんでるならいいか。



   ◆



 午前中いっぱい掛けて、なんとか全体の半分を見ることが出来た。

 雫が楽しんでるならいい。とは言ったが……。



「これじゃあ、午後の予定は見直さなきゃな」



 館内にあるレストランで昼食を食べながら、予定を書いたメモにバツをつけていく。

 午後は本当は別の美術館へ行く予定だったが、この調子だと全部見終える頃には他の美術館は閉まっている時間だ。

 まさかこんなに時間が掛かるとは……。



「ぁぅ……ごめんなさい……」

「あ、いや。俺は別に気にしてないから」

「でも祈織くん、ちょっと飽きてますよね?」

「……ソンナコトナイヨ」

「かっっったことじゃないですか」



 ごめん。美術品を見るのはちょっと飽きてる。



「でも飽きてないのは本当だ」

「本当ですか?」

「うん。雫はいつまでも見てられる」

「美術館なんですから美術品見ましょうよ!?」



 雫は恥ずかしくなったのか、ぷいっとそっぽを向いてサンドイッチにかぶりついた。

 雫と一緒なら、俺はどこでもいい。どこでも楽しめると思う。多分。



「せっかくのデートなんですから、一緒に楽しみましょうよ。ここじゃあ祈織くん、飽きちゃいますよね?」

「俺は十分、雫を楽しんでるけど」

「私をじゃなくて、私とデートを、です!」



 ……違いがわからん。デートして雫を楽しんでるんだから、いいんじゃないか?



「全くもう。ご馳走様でした。ほら祈織くん、行きますよっ」

「もっと休憩しててもいいんじゃないか?」

「それじゃか時間が無くなってしまいます。ほらほら、立ってくださいっ」

「わ、わかった。わかったから……!」



 だからそんな引っ張らないでくれっ。ちょ、腕取れる! もげる!






「館長、あのバカップル注意してきます?」

「楽しそうだからそっとしておいてあげましょう」

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