第28話 告白と懺悔
宿に帰ってきた俺たちは風呂と夕飯を済ませると、四人でまったりとくつろいでいた。
だけど俺にはまだやることがある。
ここでしっかりと、雪守と話し合わないと。
「雪守、少しいいか?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「えっと……ここじゃなんだし、夜風に涼みながらで」
「……わかりました。すみません明日香ちゃん、富田くん。ちょっと行ってきますね」
「はいよー」
「いってらっしゃい、雫」
雪守が足早に部屋を出る。
和樹と東堂は、雪守に見えないようにこっちに親指を立てた。そのドヤ顔やめれ。
部屋を出ると、俺と雪守は下駄を履いて中庭へと出た。
カラン──コロン──カラン──コロン──。
下駄が石畳を鳴らし軽快な音を響かせる。
人里離れた場所だから、人工の光が少ない。そのため空には星々が散りばめられている。
その中を泳ぐ、一際輝く満月。柔らかな月光が、俺らを包み込むように照らしていた。
「初瀬くん、一体どうしたんですか?」
「あぁー……まあ、うん」
さて、どうやって切り出そう。
どうしたら当たり障りなく話が出来るか……わからない。くそ、こういうことに頭を使うの、苦手なんだよ。
立ち止まり、空を見上げて立ち尽くす。
月並みに、月が綺麗ですねとか言ってみるか? 月夜だけに。
……何馬鹿なこと考えてんだ、俺は。
そっと嘆息すると……ん? なんか、下半身がやけに涼しいような……って!?
「なっ、ななななな何してんだ雪守!?」
ちょ、浴衣の前をはだけさせんじゃねぇ!!
慌てて浴衣を抑えて後ずさると、跪いたままの雪守がこてんと首を傾げた。
「え? 違うんですか?」
「違う!」
「てっきり、お外でしたいのを言いづらかったのだと思ったんですが」
「俺はそんなリスキーじゃねぇ!」
てかこいつ、俺がそんなことしたいやつだと思ってんの!? それちょっと傷付くんだけど!
「ふ……ふふ、ふふふっ」
「……雪守?」
「すっかりいつも通りですね」
「は? ……あ」
確かに、いつものノリで話せてる。
まさか雪守、俺の緊張をほぐそうとわざと? ……ありえる。雪守なら、ありえる。
くそ、手の平の上でコロコロしやがって。
雪守は楽しそうに笑うと、縁側に座って隣をぽんぽんと叩いた。
「さ、座ってください。時間はあるんですから、ゆっくりお話しましょう」
「……ああ」
雪守の隣に座ると、二人で月を見上げる。
綺麗な満月に、満天の星空。そして緩やかな風に乗って聞こえる、虫の鳴き声。
まるでこの世界に俺と雪守の二人しかいなくなったんじゃないかと思うほど、静かな夜だ。
「それで、お話とは?」
「……まあ、その……俺とお前の関係について、かな」
「私たちの?」
「……雪守はさ、この関係がずっと続くと思う?」
俺の問いに、雪守は答えない。
衣擦れと呼吸音だけで、沈黙が続く。
「……どうでしょう。続けようと思えば、続くと思いますが」
「どうして?」
「今の私と初瀬くんは、雇用関係です。これから大学生になっても、社会人になっても、それを崩さなければ続くと思います」
「だけど雪守が俺じゃない人と結婚する可能性もあるだろ。雪守家ならありうる」
「そうですね……それでも私は続けますよ。あなたとの関係を」
────。こいつは……なんで、ここまで……?
普通そうなったら、俺との関係は切っていい。いや、切るべきだ。
……いや、この思考はよそう。ダメだ。話を進めないと。
「雪守は、日々のストレスを解消しようとは思わないのか?」
「え? してますよ、初瀬くんと」
「いやそうじゃなくて。少しずつ発散してたら、俺を使うこともなくなる、と思って……」
あーくそ。違う。これじゃあ俺が雪守を拒否してるみたいじゃねーか。
案の定、雪守は目に涙を溜めると、ぽろぽろと涙を落とした。
「初瀬くんは、私との関係が嫌……なんですか……?」
「ち、違う! 嬉しい! そうじゃなくて……」
「じゃあ、なんです?」
涙を拭く雪守の目を見て、勢いのままに言おうとし……止まった。
これを言ったら、俺らの関係は崩れる。
先に進む。それは変化だ。
しかも不純な関係から、純粋な関係に変えようとする……それが正解かもわからず。
でも、変化しないといけない。
今こそ──変化の時だ。
「……好き、なんだ」
「……ぇ……?」
俺の言葉に、雪守が目を見開く。
ああ、言ってしまった。
言葉にしてしまった。
言語化して発してしまった。
だけど……もう、止めようがない。
「雪守のことが、好きだ」
「……すき……初瀬くんが、私を……?」
呆然としてしまい、雪守は俺の言葉を反すうする。
その表情からは雪守がどう思っているのかはわからない。
とにかく、俺の想いを言葉するしかない。
「おこがましいのはわかってる。体の関係からお前を好きになるなんて、俺はとんでもないクソ野郎だ。罵ってくれていい。蔑んでくれていい。でも俺の気持ちは伝えたかった。……好きだ、雪守」
雪守の目を見て、とになく、ありったけを伝える。
待つこと数秒。いや、数分か? 時間がやけに遅く感じられる。
と──呆然としたまま、雪守の目から涙が零れた。
「っ……そう、だよな……こんなこと言われても困る……よな」
「……ぁ、ぅ……」
「俺の感情が純粋じゃないのはわかってる。……ごめんな、雪守」
「ち……がっ……!」
「お前の気持ちを踏みにじった。お前が俺を信じてくれてたから成り立ってた関係なのに、俺がそれをぶち壊した。でも……進めたかったんだ。この関係を」
雪守が受け入れてくれるなんて、万が一にもないだろう。
でも億が一を考えてしまって……はは、ダメだな。本当に最低だ、俺。自分のことしか考えてない。
「雪守、今の話は忘れてくれ。そんで、俺らの関係も終わらせ──んっ……!?」
ぇ……ぁ……キ、ス……?
雪守の口が俺の口を塞いでいる。
涙が俺と雪守の口を伝い、涙の味が口いっぱいに広がった。
雪守は唖然としている俺から離れると、俺の胸に頭を押し付け、胸を強く叩いてきた。
「どうして……どうして自分だけで話を終わらせようとするんですか……!」
「雪、守……?」
「どうして私の話を聞こうとしないんですか! どうして自分だけで結論を急ぐんですか! どうして! どうしてっ! どうし、て……!」
胸を叩く力が弱くなる。
雪守は俺から離れると、少し力を入れて押し倒してきた。
縁側に寝転ぶ俺と、その上に跨る雪守。
涙がぽたぽたと落ち、俺の頬を濡らした。
「わたしも……なんです……」
「……私も、って……?」
「わたしも……わだじもっ、はづせぐんのごど……すき、なんですっ……!」
「え、ぁ……え?」
え、と……? 雪守が……雪守雫が、俺を好き……?
あまりの事態に困惑していると、雪守が俺の胸に再度頭を押し付けてきた。
「でもっ、でもぉっ……! おなじごどでなやんででぇ〜……! ご、ごんなっ、はしたないわだじなんか……好きになってもらえないっで、おもっでで……!」
「雪守……」
「うあぁ〜ん! うえぇ〜ん!」
誰に聞かれてるのかわからないのに、雪守は泣いた。本気で、脇目も振らず。
俺は、まだ泣き続ける雪守を抱き締めるように、ゆっくりと腕を回した──。
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