第23話 祝福

 先に雪守と部屋に戻り、お茶を飲みつつほっと息を吐いた。



「いやぁ、一時はどうなるかと思いました」

「だな。だけど、まさかあの二人にあんな過去があるとは」



 盗み聞いてしまった罪悪感と、知ってはいけないものを知ってしまった罪悪感で心がモヤモヤする。

 雪守も同じなのか、少し苦笑いを浮かべている。



「どうする? 二人が戻ってきたら、知らないフリするか?」

「そうですね。お二人から伝えて来たら、祝福しましょう。まあ、ここまでお膳立てしたのですから、明日香ちゃんならサラッと言ってくれそうですが」

「言えてる」



 てか、覗いてたのバレたら普通にぶっ飛ばされそう。主に東堂に。

 まあ、ゴムのことに関しては和樹を殴らせてもらおう。人のせいにしやがってクソ野郎め。



「安心したら、なんか腹減ってきた」

「そういえば、もう十八時ですね。そろそろお料理の準備してもらいましょうか」

「じゃ、俺は二人を呼び出すか」



 スマホを操作して、和樹へ電話をかける。

 またワンコールで出た。こいつ俺のこと好きか?



『お、おう。どうした祈織』

「そろそろ飯だぞ。どこいんの」

『わ、わかった。すぐ戻るから』



 ……なんか、慌ててない? 何してんだあいつら?



『ねぇ、カズくん〜。もっとぎゅーしてぇ〜』

『バカッ、明日香声抑えて……!』

『やぁ〜……!』

『ちょっ……! わ、悪い祈織、あと十分で戻るから! そんじゃ!』



 ブチッ。

 ……今後ろから聞こえたでろでろ甘々ボイスって、東堂の声だよな。え、さっき付き合い始めたばかりで、もうそんなバカップルみたいなことになってんの? 早い、早いぞ全てが。

 それに、和樹ってカズくんって呼ばれてんのか。あいつらどんだけ盛り上がってんだ……戻ってきたらからかってやろう。



「あれ? 初瀬くん、どうしたんですか? なんか顔が怖いですけど」

「いや、まあ、うん……とりあえず幸せそうでよかったと思って」

「そんな顔に見えませんけど!?」



 耳元であんな甘えっ子の声聞かされたら、こんな顔にもなるって。

 お盛んだなぁ、二人とも。

 ……あ、俺ら人のこと言えねーじゃん。



「え、なんで私を睨むんですか」

「お盛ん代表だと思って」

「なんで唐突にディスられたんですか私」

「反省してもろて」

「ご、ごめんなさい……?」



 うむ、よろしい。



「理不尽を感じています」



 気のせいです。

 しばらくすると、仲居さんたちが次々に料理を運んできた。

 物凄い豪勢な懐石料理だ。

 一つ一つは小鉢や少量だが、種類が桁違いに多い。

 俺と和樹は食いきれると思うけど、雪守と東堂は厳しいだろう、多分。



「凄いな、これ」

「天空湯治卿の料理は有名ですけど、裏VIPには専用のコースがあるんです。ウェブサイトには載っていない裏VIPでないと食べられない最高級コースなので、楽しめると思いますよ」



 へぇ。そんなものもあるのか……凄いな、裏VIP。

 仲居さんたちが料理を運び終えると、それと入れ違いに和樹と東堂が戻ってきた。

 別に手は繋いでいない。距離感もいつも通りだ。



「ごめん、待たせた」

「ただいまー」

「「…………」」

「「な、なに?」」

「「いや、別に」」



 ふーん。そう、二人は何も言うつもりはないのね。

 なーんかつまらんな。……少し鎌かけてみるか。



「今までどこにいたんだ?」

「まあ、この奥にちょっと狭い部屋があってな。眺めがいいから、そこにいた」

「ほーん。狭い部屋で男女が二人きりねぇ〜」

「べ、別にいいだろ。俺らがどこにいてもよ」



 そうか、あくまでシラを切る気か。

 ならこっちも考えがある。



「和樹、首筋赤くなってんぞ」

「え、嘘。そんな強く吸われてな……あ」



 馬鹿め引っかかったな!

 和樹の言葉に、東堂は頭を抑えて首を振った。



「あんたね……旅行中は気まずくなるから、悟られないようにするって言ったじゃない」

「いやいや、今のは仕方ないだろっ。それに実際首吸ってきたのお前じゃん」

「いや誰もそこまで言及してないわよ!? なんでそんなこと軽く言うのよ、馬鹿!」



 おーおー、痴話喧嘩は犬も食わんぞ。

 二人(主に東堂)がギャーギャー言っているのを、俺と雪守がニコニコと見守る。

 いやぁ、付き合い始めのカップルっていいもんだなぁ。見ていてにやけちまう。



「ほらほら和樹。何があったんだ? ほれ、言ってみ?」

「うぐ……ま、まぁ、その……お、俺と明日香、えっと……つ、付き合うことに、なりまして……」

「うぅ。隠すつもりだったのが即バレた……」



 顔を真っ赤にした和樹と、半泣きの東堂。

 悪いとは思っている。でも口が滑ったのはお前らだからな。



「おめでとう、二人とも」

「明日香ちゃん、富田くん、おめでとうございます」

「ありがとう。……って、なんか全然驚いてないな」

「二人が両想いって、俺らは知ってたからな」

「この旅行も、お二人をくっつかせるために用意したものですから。でもまさか、初日で告白するとは思いませんでしたが」



 俺も、もうちょっと盛り上がってから告白するもんだと思ってたけどな。こんなすいすいことが進むとは思わなかった。



「な、なんか恥ずかしいな。付き合った初日にばれるって」

「でも、祝福してくれてるんだからいいじゃない」

「……それもそうだな。あ、旅行中はちゃんと分別ふんべつをつけて接するから、安心してくれ。流石に集団旅行で彼女とずっといちゃいちゃしたら、空気悪くなるからな」

「そうしてくれると助かる」



 俺もこの旅行は楽しみにしてたし、変な空気にはしたくない。



「さあさあ、皆さん。お祝いも兼ねて、ご飯食べましょうか。早く食べないと冷めちゃいますよ」

「だな。おい主役二人、そこ並べ。写真撮ってやっから」

「冷やかすなよ、祈織」



 いや、冷やかすだろ。こんな面白いことそうそうないんだから。

 和樹と東堂を並ばせ、俺と雪守でたくさん写真を撮る。

 ほんと、幸せそうな顔で笑いやがって。……とりあえず爆発してくんないかな。

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