第22話 二人の過去と告白と

 雪守がスキップ混じりで先を行き、俺が後ろをついて行く。

 奥の間は本当に奥にあるみたいで、しかもちょっと入り組んでいた。

 一人で行ったら多分迷ってたな、これは。



「着きました。ここですね」



 雪守が襖の前に座り、少しだけ開ける。

 俺も隙間から覗き込むと、そこには縁側に並んで座っている和樹と東堂がいた。

 雪守が口に手を当てて、しーっとしているのを見て、俺も頷く。

 すると、東堂がゆっくり口を開いた。



「本当、いい旅館。こんな場所貸切で、サービスもフルオプションだなんて信じられない」

「だな。俺もあとで整体ってやつやってもらおう。あと鍼治療」

「ジジくさいわね」

「最近バイトが忙しくてな。やっぱ息抜きって大事だと思うわけよ」



 ……なんか、普通だな。全然普通の二人だ。

 雪守も同じことを思っているのか、ちょっとそわそわしている。



「雪守さんと祈織のおかげで、いい思い出が出来た」

「まだ初日だけどね」

「おうよ。だから明日からの散策も、沢山思い出作ろうって思ってる」

「……思い出、か」



 東堂がソワソワと和樹のことを見ている。

 和樹もそれに気付き、首を傾げた。



「東堂?」

「……思い出って言ったらさ、中学の時のこと覚えてる?」

「覚えてるも何も、たかが数年じゃん」

「そうじゃなくて……私とのこと……」

「ああ、あのことか。そりゃ覚えてるよ」



 あのこと……? あのことってなんだ?

 雪守と目が合うが、こいつもわかってなさそうだ。最近東堂と話していても、そこまでは知らないみたいだ。

 そんな俺たちの疑問だが、解消するのはその直後だった。






「誘拐未遂。あれはガチで焦った」

「「!?」」






 ゆ、誘拐、て……!? マジかよそれ……!?

 で、でも未遂ってことは、未遂ってことだよな!? そういうことだよな……!?

 慌てている俺たちに気付かず、東堂がゆっくりと頷いた。



「うん。あんたが助けてくれなかったら、本当にやばかったと思う」

「学校のみんなが羨むくらい可愛くて、でもちょっと臆病で、純真で、無垢。それが東堂明日香だったもんな」



 そういや、和樹から昔の東堂を聞いたな。

 今みたいにギャルじゃなくて、清楚で大和撫子みたいな印象だった。

 和樹はそっとため息をついて、空を見上げた。



「その結果、外部のおっさんに目を付けられた。本当、俺がいなかったらどうなってたことか……」

「多分私、ここにはいなかったね」

「無理やり車に連れ込まれそうになってたからな。どんなことになってたのかは、想像に難くない」



 和樹の言葉にゾッとした。

 そんなこと、現実で本当にあんのか……。



「まあボコって警察にしょっぴいたけど。あの時が初めてだったなぁ、本気で人を殴ったのは。あっはっは!」

「笑いごとじゃないって」

「……悪い。そうだな」



 和樹は当時のことを思い出すように、自分の手を握り、開く。

 遠目だが、ちょっと震えてるように見えた。



「男って、よく妄想や空想でピンチの女の子を颯爽と助けるって考えるんだけど……違った。リアルはそんなんじゃない。怖くて、怖くて、怖くて……本当は、一歩も動けなかった」

「でも、助けてくれたじゃん」

「……東堂が、たまたま近くを通っていた俺を見ていたから。泣きそうな顔で俺を見てたから。……助けてって、言ってる気がしたから。そんで、動けた。それだけだよ」



 自虐的な笑みを浮かべる和樹。

 和樹はそう言うが、そういう場面で動ける人間なんてそうそういない。

 あいつは、本当に凄いやつだ。



「それからだよな。そのギャルっぽい見た目になったのも。それ、もう舐められないようにだろ?」

「うん。舐められず、高圧的で、他人に興味ない。……これは、私が私を守る鎧。今更戻すつもりもないし」

「戻さなくていいんじゃないか? 似合ってるぞ、金髪」



 お、おぉ。サラッと言うな、和樹。すげぇ。

 東堂は肩をピクっとさせ、モジモジと和樹をチラ見している。

 これ、このまま行くんじゃないか……?



「明日香ちゃん行けッ、行くんです……!」

「頑張れ東堂……!」



 密かにエールを送る俺たち。

 そのエールが届いたのか、東堂は覚悟を決めた顔を見せた。



「と、富田……! 富田、和樹……!」

「いきなりフルネーム!? え、距離開いた?」

「違う。……今日は、あんたに渡したいものがあって」

「渡したいもの?」

「……これ……」



 東堂が、浴衣の裾から例のネックレスの入った箱を取り出した。

 いつものメーカーの包装に、和樹は目をぱちくりさせている。



「え、これ……どうしたんだ?」

「まあ、色々あって、あんたがシルバーアクセサリー好きって聞いて」

「祈織か」



 大正解。



「これ、あんたにプレゼントしたかったの」

「そ、そうか……あ、ありがとう……?」

「う、うん」



 無言になる二人。いや、え、なんで黙る。東堂、お前ぐいぐい行け。もう告っちゃえよ!



「えーっと……開けても?」

「ど、どうぞ」

「……お、ネックレス! しかも見たことない……佐藤さんの新作だな。やっぱいい仕事するなぁ、あの人」



 ネックレスをうきうきで取り出し、自分の首に付ける。

 浴衣が浮かんで首筋、鎖骨、胸元が見え、東堂はガン見だ。こいつ、意外とムッツリさんだな?



「どうだ、似合うか?」

「う、うん。凄く似合ってる……!」

「へへ。……でもなんでこのタイミングで? あの時のお礼ってわけでもないだろ?」

「……うん、違うよ。……私は、あの時がきっかけって、そう伝えたかったの」

「きっかけ?」



 東堂は意を決したのか、和樹の手をそっと包み込む。



「……好き……富田。あんたが好き」

「……へ……?」

「あれからずっとずっと、あんたのことが好きだった。……私と、付き合ってください」



 イエスッ! 百点ッッッ!!

 雪守も口元を手で覆い、はらはらと見守っている。

 わかる、わかるぞその気持ち。見てるこっちがドキドキするよな。



「……ぁー……えっと……マジ?」

「……あんなことがあって、好きにならない方がおかしいでしょ……」

「ま、まぁ……なるほど」



 和樹の顔が、見たことないほど真っ赤になっている。東堂も同じだ。

 ドキドキ、ドキドキ。



「えっと、その……ほ、本当に俺なんかでいいのか……?」

「……むしろ、私はあんたしかいないって思ってるけど」

「そ、そっか。……ありがとう、すげー嬉しい」



 和樹は東堂の手を握ると、恥ずかしそうに笑顔を零した。



「ぇー……お、俺で、よければ……よろしく、お願いします」

「! ……ぅん……ぅんっ……うんっ! 富田、好き!」

「おごっ!?」



 和樹の腹にタックルするように抱き着く東堂。

 うんうん、よかったぁ。よかったなぁ、二人とも。後方腕組み傍観おじさんとして嬉しいよ。

 と──カタッ。和樹の懐から、箱のような何かが落ちた。

 ……ゴムの箱だ



「……富田、これ何?」

「あ」

「なんでこんなもの持ってるの?」

「………………祈織に貰った」

「あいつぶん殴ろうかしら」



 クソ野郎がッッッ!?!?



「初瀬くん、あなた……」

「ち、ちがっ。俺じゃないって……!」

「わかってますよ。お二人のことを考えてのことですよね。優しいですね、初瀬くんは」



 あらぬ方向に納得された!?



「いやだからこれさ和樹がだな……!」

「それより、あれ初瀬くんの分もあるんですか?」

「え? ……まあ」

「ふーん……あ、いい事考えました」



 ゾッ。

 嫌な予感……嫌な予感がする。

 雪守の笑顔に、変な汗が背中を伝った。

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