第21話 二組の密会
そのまま露天風呂や寝湯を楽しむこと一時間。
和樹は満足したのか、立ち上がってぐーっとのびをした。
「あー、気持ちよかったぁ……俺もう出るわ」
「そうか。俺はもう少し入ってるわ」
「なんだ。渋ってたのに、楽しんでんじゃん」
「別に渋ってはない。ま、一度入ったんだから心ゆくまで堪能しようと思ってな」
「ふーん。じゃ、ごゆっくりー」
和樹が風呂から上がると、広い湯船に一人になった。
こうやって一人で入るのも、いいもんだ。
「ふえぇ〜……」
「初瀬くん、おじさんみたいです」
「そりゃあ、温泉に浸かればこうなるって」
「ふふ。わかります、ここ気持ちいいですよねぇ〜」
「ああ。…………ん?」
えっと……今俺、誰と話してる?
すぐ隣から聞こえてくるこの可愛らしい声は……え?
「……雪守?」
「はい、あなたの雪守雫ですよ」
湯船に浸かっている俺。の、隣に座っている全裸の雪守。
別に今更全裸なことに驚きはしない。
でも……え、なんでここにいんの?
「明日香ちゃんも早々に上がってしまったんです。一人は寂しかったので、来ちゃいました」
「あー、なるほど。……ってなるか! ど、どっから来たんだよ! さっき和樹が出たばかりだろ……!」
「この温泉、男湯と女湯を行き来出来る隠し扉があるんですよ。開けるには少しコツがありますし、パッと見壁にしか見えないので、知られていませんが」
そんな当然のように言われても。
てか、脱衣所に和樹がまだいるんたけど。鼻歌聞こえてくるしっ。
「ドキドキします?」
「しなかったらおかしいだろ……!」
「ふふ。私はちょっと興奮してます」
このド変態が!!
と──ガラッ。背後で扉が開いた音が聞こえた。
和樹だ。もうズボンまで履いてるからこっちには来ないが、和樹がいる。
「おーい、祈織ー? なんか喋ってっけど、どしたー?」
「なっ、なんでもない! 歌ってただけだから!」
「お、いいな。ばばんばばんばんばんってか? 俺も子供の時は歌ってたなぁ。銭湯でな──」
背後で意気揚々と話す和樹。
が、今俺の脚の間には全裸の雪守がいる。
小さくまとまり、俺にベッタリくっ付いて和樹から見えないように。
雪守は俺を見上げ、楽しそうに笑い小声で話しかけて来た。
「ドキドキしますね」
「黙っとけ」
結構近いんだよ、和樹との距離。下手したらマジでバレる。
「そこで、日本を旅してるって言う外国人に会ったんだ。そこで旅行の楽しさを教えて貰って、俺も世界中を旅したいって思ったのよ。……聞いてるか?」
「おう、聞いて……ひゅっ……!?」
「ど、どうした祈織。変な声出して」
「だだだ大丈夫っ。しゃっくりだから……!」
「そ、そうか……?」
ゆ、雪守のやつ、脇腹撫でてきやがって……! そこ俺の弱点なのわかってやってるな……!?
「そ、そうだっ。さっき女湯から声が聞こえて、東堂は上がってるらしいぞ。一人だと暇になるだろうから、行ってやれよ」
「ん、そうなのか。じゃー行くかな」
和樹は背を向けると、こっちを振り向くことなく脱衣所を出ていった。
たっぷり間を置いて五分ほど。
ようやく、深々と息を吐くことが出来た。
「ぶはあぁ〜……おいこら雪守。お前なぁ」
「怒らないでください。まさか戻ってくるとは思わなくて、私もびっくりしたんですから」
「そもそも入ってきたお前が悪い」
やれやれ、一時はどうなるかと……。
雪守は俺から離れると、隣に座ってくつろぎだした。
俺の肩に頭を乗せて、腕に抱きつくように。
これじゃあ、まるで恋人同士の混浴だ。
「はふ……気持ちいいですね」
「だな。だけど……いいのか? この一週間のストレスは。流石に今回の休みは、二人もいるから無理だぞ」
「その辺は考えてありますから、大丈夫ですよ」
「逆に心配なんだけど」
「なんでですか!」
雪守の考えってだけで不安が倍増するんだよ。
ただ雪守は納得してないみたいで、ムスッと顔で俺の頬をつんつんつついてくる。それ、こそばゆいからやめろ。
「ま、夜になったらわかりますよ。安心してください」
「本当かな……?」
「それとも、今のムラムラを解消出来ない方が問題です?」
「俺は特に。それに解消出来なくて大変なことになるのはお前だろ。随分前に忙しくて愛欲を発散させなかった時のこと、忘れたか?」
「…………」
ははは、どこを向こうというのだね。こっち見ろコラ。
雪守はつーんとそっぽを向いている。全く、この子は……。
「なら、今します?」
「そんな気分じゃないだろ、お前。目の奥が愛欲を欲していない」
「流石、私のことをよく見てるだけありますね。バレましたか。……でも初瀬くんが求めるなら、私は構いませんよ」
「……今は温泉の気分かな」
「こんな美少女の誘いより温泉を取るなんて、罪な人」
「だけど?」
「……弄ばれて、ちょっと興奮してます」
「夜までそのままな」
「しょんな……!」
意味深もなにもなく、文字通り二人で温泉を堪能し、バラバラに客室へと戻ってきた。
先に戻ってきたのは俺。だけど……あれ? 和樹と東堂の二人がいないな。
「初瀬くん、部屋の前でぼーっとしてどうしたんですか?」
「ああ、雪守。いや、二人がいなくてな。先に戻ってると思ったんだけど」
「! ほほう、まさか……」
雪守は心当たりがあるのか、にやりと口元を歪めて近くを通りかかった仲居さんに声を掛けた。
「すみません。ここに止まっている東堂明日香さんと、富田和樹くんはどちらに?」
「はい。お二人でしたら、池の見える奥の間へご案内しております」
「奥の間ですか。わかりました、ありがとうございます」
雪守は頭を下げると、るんるんと廊下をあるいていく。
とりあえず俺もついて行くが、嫌な予感しかしなかった。
「おい雪守。お前まさか、覗くつもりか?」
「そのまさかですが何か?」
「お前にモラルとか常識とかないのか」
「初瀬くん……何もわかっていないのですね」
「何が」
「明日香ちゃんと富田くんが、二人で誰もいない部屋にいるんですよ。しかも奥の間ですよ。何も起こらないはずないじゃないですか」
「……何が言いたい」
「覗かない方が失礼じゃありません?」
「確かに」
俺と雪守の共同覗き見作戦、決行。
最低? なんとでも言え。和樹のことを好いている東堂と、少なからず東堂のことを想っている和樹が一緒にいる。
ここまで引っ張られたんだ。最後は見届けさせやがれってんだ。
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