第20話 四人で旅行
あれよあれよという間に日は過ぎていき、ゴールデンウィーク初日。
今年のゴールデンウィークは五連休。働いている人は有給を使ってもっと長く休んでいる人もいると聞いた。
羨ましい。そんなこと出来たら、俺らももっと寝泊まり出来るのに。
「初瀬くん、どうしました?」
「……いや、なんでも。ただ、とんでもなく景色が綺麗だと思って」
上空に広がる晴天。
眼下に広がる川のせせらぎ。
緑豊かな森に、小鳥のさえずりが響く。
そう、俺らは既に、天空湯治卿へとやって来ていた。
ここまで、雪守の家の車で二時間弱。チェックインまで済まし、俺らは備え付けの浴衣に着替えてのんびりしていた。
お茶ずずず……はふ、美味い。
「時間がゆっくりしてますねぇ〜」
「私、こんなにゆったりしたの久々ぁ〜」
雪守と東堂も、浴衣姿でくつろぎ中。
雪守は当然だが、東堂も似合っている。金髪に浴衣って映えるな。
美少女と旅行……眼福。
「って、のんびりするのもいいけど、温泉行こうぜ!? もう三十分もこうしてんじゃん!」
と、急に和樹が立ち上がった。
「和樹、うるさい」
「もう少し落ち着きなさいよ」
「そうですよ。富田くん」
「えっ、俺だけ!? こんなすげー部屋に泊まれて興奮してるの、俺だけ!? 天空湯治卿の温泉に入れるって聞いて、興奮してるの俺だけか!?」
確かに、調べた限りかなり有名な温泉らしい。
ただ物事には順序があるのだ。
いきなり温泉もいいが、まずはこの時間を楽しむのも旅行の醍醐味だろう。
「ねー行こーぜー。ねーねー」
「ちょ、浴衣引っ張んな。はだける」
「温泉行きたいんだよぉ、行こうよぉ」
「わーかった。わかったから」
「よっしゃ!」
ったく、子供かこいつは。
扉の前でウキウキしている和樹は、既に温泉用の荷物を持っている。俺、まだ荷物準備してないんだけど。
「悪い雪守、東堂。温泉行っていいか?」
「ふふ、いいですよ」
「私たちも、もう少しゆっくりしたら入るわ」
「わかった」
肌着と下着。あとは旅館から借りたタオルを手に、東堂と一緒に部屋を出た。
廊下に出ると、目の前に広がるのは美しい枯山水。
秋になるともみじの葉が色づき、それはそれは綺麗な光景になるらしい。
「それにしても、本当に凄いな。雪守さん様様だぜ」
「敬称ダブってんぞ。ただ、気持ちはわかる。こんな別邸を
ここは天空湯治卿の別館。
雪守曰く、本館は一般客が利用し、別館はかなりの金持ちや有名人じゃないと泊まれないんだとか。
一日一組限定の、完全貸切。
俺ら以外は仲居さんしかいない、閉鎖された空間だが……それがまた、非日常感を漂わせている。
「だけどさ、部屋が一つしかないってのがネックだよな。俺ら、あの美少女二人と同じ部屋で寝るんだぜ?」
「部屋は沢山あるし、布団は別室に用意するように伝えてるから問題ない」
「確かにそうだけどさ、同じ学校の美少女と同じ部屋で寝るって、興奮するだろ」
「する」
こればかりは和樹に同意せざるを得ない。
週末は雪守の部屋で寝ているから慣れていると思っていたが……これは全く違う。
泊まりの旅行という非日常がプラスされて、言葉に出来ない緊張感と興奮があった。
「もしかして、もしかしてがあるかもな。まああの二人に限って、そんな間違い起こるはずもないか」
「どうだかな。未来のことはわからんけど、そういうことになったらどうするつもりだ?」
「安心しろ。ゴムはある」
「そこまで用意周到だと引く」
「おいおい、これはある種のマナーだぞ? 俺の尊敬する男優が言ってた」
「お前俺と同い歳だよな?」
なんでサラッとアダルティーなビデオを見てる発言してるんだ。
だけど……そうか、マナーなのか。雪守が薬飲んでるからって、今まで意識してなかった。
「……和樹、余りある?」
「そう言うと思って、祈織の分も買ってあるぜ」
袖の中に隠してたのか、箱ごと渡してきやがった。
いや、ありがたいけどさ。
取り敢えずバレないようにタオルで隠し、男湯へ入る。
脱衣所すら完全貸切でいいのかってくらい広々としている。脱衣所がこのレベルってことは、風呂はもっと凄そうだ。
「うひょー! ひれぇー!」
「騒ぐなよ」
「騒いでもいいだろっ。俺らしかいないんだからよ!」
……それもそうか。だからと言って騒がないけど。
籠の中に浴衣を入れ、丸裸になる。
と、和樹がギョッとした目で見てきた。
「お前、そんな筋肉ついてたっけ?」
「あ? ……あー、雪守のところの仕事で、体を使うことが多いからな。少し鍛えてるんだ」
「なるほど、そういうことか」
そういう和樹も、結構いい感じに筋肉がついている。確か世界一周に向けて、体を鍛えてるって言ってたっけ。
本当、行動力がえげつない。そんな理由で筋トレとか出来ないぞ。
二人で全裸になると、脱衣所から風呂場に出る。
十人入っても問題ないほど広い
更に外には露天風呂があり、大自然を心ゆくまで楽しめる。そんな作りになっていた。
「広いけど、意外と質素な感じだな」
「わかってないねぇ祈織くん。こういうのがいいんだよ」
うぜぇ。
いやいや、落ち着け俺。こんな所でイラついてどうする。ゆっくり温泉に浸かって、日々の疲れを取ろう。
体を念入りに洗うと、タオルを片手にまずは檜風呂へと向かう。
檜の香りが心地いい。心が洗われるようだ。
「はぁ……極楽……」
「やっぱ風呂はいいなぁ……」
「同感」
温度も高すぎず低すぎず、正に最適。
こんなの無限に入ってられるわ。
目を閉じて温泉を満喫していると、和樹が「ところで」と話しかけて来た。
「今日ってこの後どうすんだっけ?」
「今日は何もないぞ。夕飯食って、遊んで、寝るだけだ。明日と明後日は箱根の色んな所に行く予定。でも焦らずにゆっくりと楽しみたいから、数は絞ってる」
「流石祈織、よくわかってんな。あれもこれもって欲張ったら、思い出もくそもないもんな」
うんうん。旅行は数行けばいいってもんじゃない。どれだけ思い出を作るかだ。
ただ、それまでにイベントが一つ残ってるんだけど。
──と、その時。
「うわぁっ、ひろーい!」
「明日香ちゃん、しーですよ」
「いいじゃんいいじゃん。私たちの貸切なんだからさっ」
隣から、雪守と東堂の声が聞こえてきた。
「男湯と女湯、繋がってんだな」
「覗く?」
「俺を性犯罪に巻き込むな」
「冗談だよ」
いや、和樹の今の目、かなりガチだった。
「富田ー、初瀬ー。いるのー?」
「おー、いるぞー」
「覗かないでよー?」
「覗かねーよ」
「……ちょっとは……」
「なんだってー?」
「な、なんでもない! ばか!」
「なんでいきなりディスられたの俺!?」
やれやれ、鈍感だなぁ、和樹は。
「初瀬くん、あなたも人のこと言えませんからね」
「ナチュラルに思考読むのやめろ」
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