第16話 〇〇〇の師匠

   ◆雫side◆



「という訳で、富田くんはシルバーアクセサリーが好きみたいです」

「シルバーアクセサリー……確かに休みの日、ネックレスとかリングとか付けてたっけ。なるほど……」



 平日のお昼休み。場所は学校の中でも誰もいない空き教室。私と明日香ちゃんの二人きりです。ここの方が、色んなお話が出来ると思いまして。

 私は初瀬くんから得た情報を明日香ちゃんに話しました。

 明日香ちゃんは余程富田くんのことが好きみたいです。こんなに真剣なんですもん。



「明日香ちゃんは、どうして富田くんのことが好きなんですか?」

「別に、大した理由はないよ。運命的な出会いをしたわけでもないし、劇的な思い出があるわけでもない。……ただ、救われたんだ」



 明日香ちゃんは過去のことを思い出すように、ぼそっと呟きました。

 でもそれ以上は何も言ってくれません。

 きっとそれは、明日香ちゃんと富田くんの大切な思い出。私がこれ以上踏み込むのは野暮というものでしょう。



「それより、雫の方はどうなの?」

「……どう、とは?」

「初瀬のこと好きなんでしょ?」

「ぶっ!?」



 えっ、ちょっ、え!? 私、言いました!? でもこのことを知ってるの、玲奈さん以外いないはずなんですけど!



「え、まさかバレてないと思ってる?」

「……そんなにわかりやすいですかね、私?」

「無関係の人はわかんないと思うけどね。まあ、初瀬と雫の関係を知ってから見てると、凄くわかりやすい。あんたの初瀬を見る目、凄く熱を帯びてるよ」

「マジですか」



 私、そんなに初瀬くんのこと見てますかね……?

 まさか無意識のうちに目で追ってる? うぅ、恥ずかしすぎる。



「私ばかり手伝ってもらってちゃ悪いし、私も手伝うわよ」

「そ、そんな、大丈夫ですよっ」

「いいからいいから。てか二人ってどこまで行ってんの? 初瀬を雇っておいて、何も無いってことはないでしょ?」

「黙秘します」

「お? その反応、マジ? ん? お姉さんに言ってみ?」

「同い歳じゃないですかっ」



 それにどっちかって言うと私の方が経験豊富ですけどね! 経験人数は一人ですけど!

 だけど明日香ちゃんはすっかりその気になったみたいで、ぐいぐい私に迫ってきます。迫られるのは初瀬くんだけで足りてるんですけど……!



「き、機密事項なので話せませんから」

「え、二人だけの秘密? 雫、まさかもう孕んで……?」

「ちゃんとピ〇飲んでます! ……あ」

「……マジ?」



 や……やっちまいました。

 明日香ちゃんも冗談だったのか、ぽかんとした顔で私を見てきます。やめて、そんな顔で私を見ないでください……。



「はぁ~。あの学園の女神様とまで言われている雫が、やることやってるとは……」

「そ、それ言わないでください。嫌いなんで、女神様とか言われるの」

「あ、ごめん。でもマジで驚きだよ。付き合ってるってわけじゃないんだよね? そんな空気感じてないし」

「……はぃ……」



 私が墓穴を掘ったとは言え、こんな根掘り葉掘り色々と聞かれるとは。

 ごめんなさい、初瀬くん。私は悪い子です。



「でも何か理由があるんでしょ? あいつが無理やり襲って、関係を迫ってるとか? そしたら私がボコしてあげるけど」

「ちちち、違います! どっちかっていうと私からで……」

「……意外とエッチなんだ、雫」



 そう言われると、ぐうの音も出ません。

 愛欲は、いわゆる性欲。それを抑えきれない私のせいではあります。



「……このこと、誰にも言わないでください」

「言わないよ。というか言えないし」

「ありがとうございます。もしこのことが誰かに漏れたら、明日香ちゃんと言えど雪守の力で……」

「こわっ。絶対話さないから、安心してよ」



 そう言ってくれると助かります。

 あぁ、このことが初瀬くんの耳に入ったら、本当に怒られそうです。

 そっとため息をつくと、明日香ちゃんは少し顔を赤らめて私に肩を組んできました。



「ね、ねえ。最初ってどうだった? 痛いって聞くけど……」

「そ、そうですね……それなりに痛かったですけど、初瀬くんすごく優しくしてくれまして、凄く気持ちよくて……」

「ほほう。やるわね初瀬。そ、それじゃあさ……!」



 な、なんか別の意味で根掘り葉掘り聞かれてますです……!?

 で、ですがここは、経験済みの先輩としてちゃんと答えなければっ。

 何故なら今後、明日香ちゃんは富田くんといたす、、、可能性が高いのです。まだ付き合ってもないですし、告白すらしていませんが。

 それでも可能性はあります。そんな初心な少女を怖がらせないために、私の知っている知識を総動員して色々と教えます!



「え、雫。なんか凄くやる気満々じゃない?」

「はい。私は覚悟を決めました。さあ、色々と聞いてください!」

「なに怖い」



 ん? どこが怖いんでしょう? 私はちゃんと真面目に答えようとしているのに。



「ま、まあいいわ。それじゃあ……」






 二十分後。

 明日香ちゃんの疑問のことごとくに答えていると、いつの間にか予鈴のチャイムが鳴りました。

 もうこんな時間ですか、そろそろ戻らないと。



「ふぅ。話しましたね~」

「…………」

「あれ、明日香ちゃん?」

「……私これから雫のこと、姐さんって呼びたい気分」

「姐さん!?」



 いきなり何事!?

 明日香ちゃんは何かを悟ったような顔で手を合わせ、私を拝んできました。



「まさかこんなに経験豊富だとは……いや、恐れ入りました。まだ経験してないのに処女捨てた気分です」

「や、やめてくださいっ。恥ずかしすぎますから……!」

「じゃあ師匠で」

「もっとやめてください!?」



 姐さんより嫌なんですけど! えっちの師匠ってなんですか!

 と――キーンコーンカーンコーン。



「「あ」」



 この日、私は人生で初めて授業に遅刻してしまいました。

 とりあえず初瀬くんに八つ当たりしましょう。



『雇い主:初瀬くんのせいです。責任取ってください』

『祈織:は?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る