第15話 祈織の独占欲

「初瀬くん。富田くんの好きな物って知ってますか?」

「……和樹の?」



 事後。俺を布団にして寝転んでいた雪守が、そんなことを聞いてきた。

 ピロートークの話題にしては、なんとデリカシーのない話だろうか。普通ここで、他の男や女の名前出す?

 あ、いや。別に俺と雪守は付き合ってないし、そもそも雇用関係で成り立っている。

 雪守が雇う側で、俺が雇われる側。

 だから雪守の話題に釘を指すことではないが……なんか、モヤモヤする?

 俺はそのモヤモヤを悟られないように、なんとなく雪守の体に回していた腕に力を入れた。



「んっ。初瀬くん、ちょっと苦しいですよ」

「あ、悪い」

「ううん、大丈夫です」



 はぁ……馬鹿か俺は。何モヤモヤしてんだよ。

 誤魔化すように雪守の髪を撫でると、雪守は懐いた猫のように擦り寄ってきた。

 事後の雪守って、こういうところがあるよな……じゃなくて。



「えっと、和樹の好きな物だったか?」

「はい。いくつか教えて貰えると助かるんですが」

「そうだな……」



 ざっと好きな物を思い出す。

 飯を食う。惰眠を貪る。グラドル(肉付きのいい女)を愛でる。運動する。

 こう考えるとヤベェな、あいつ。人間の三大欲求の塊じゃん。原始人かよ。



「……あ、そうだ。旅行とか好きだな」

「旅行ですか?」

「ああ。将来の夢はバックパック一つで世界一周らしい」

「ま、また壮大な夢ですね」

「それくらい好きってことだ」



 まあ、それ以外好きな物とか知らないんだけどさ。

 あいつと知り合って一年になるけど、私生活とかよく知らないし。



「そう。旅行ですか……」



 雪守は何かを考えるように、俺の胸板を指でなぞる。ちょ、くすぐったいからやめい。

 それと、もう一つ。



「……随分と、和樹のことが知りたいんだな」

「え?」

「……ぁっ。い、いや、なんでもない」



 くそ、何言ってんだよ、俺。冷静になれ。別に俺には関係ないだろ。

 雪守にどんな表情を向けていいかわからず、顔を背けて手で顔を隠す。

 その異変に気付いたのか、雪守が慌てたように俺の顔を覗き込んできた。



「ちっ、ちがっ、違います! 初瀬くんが考えてるようなこと、ないですから!」

「……俺は何も考えてない」

「いーえ、考えてます! 本当、違うんですよ! 私にはあなたがいるのに、他の男にうつつを抜かすはずないじゃないですか!」



 ……ん? なんか今、物凄いことを言われた気がしたけど。

 ただ脳がそれを処理し終える前に、雪守が自分の胸を俺の顔面に押し付けてきた。まるで、駄々をこねる子供をあやす母親のように。



「こ、これにはちゃんとした事情があるんです」

「事情って?」

「う、それは……」

「……ふん」

「あぁんっ。わかりましたっ、わかりましたから拗ねないでください!」



 なんか雪守の扱いがわかった気がする。



「これ、誰にも言わないでくださいよ? 私が言ったってバレたら、明日香ちゃんに怒られちゃいます」

「東堂に?」



 なんでここで東堂の名前が?

 雪守は落ち着かせるように俺の頭を撫でながら、ゆっくりとした口調で事情を説明した。



「実は明日香ちゃん、和樹くんのことが好きみたいで」

「……マジ?」

「大マジです」



 お、おう。そうだったのか。

 俺と和樹は一年の頃から同じクラス。だけど東堂は別のクラスで関わりがなかった。

 でも確かに、今年から東堂と関わることが多くなったけど……なるほど、そういう事だったのか。

 そういや東堂のやつ、やけに和樹からの視線を意識してた気がする。

 ほほう、なるほどねぇ……。



「あの時の相談は、どうやってアプローチしたらいいかというものだったんです。そこから、プレゼントがいいのではという話になりまして……」

「それで、和樹とよく絡んでる俺に聞いてみたって事か」

「はい。なので、本当に、富田くんのことは何にも思ってないですからね」

「わ、わかった」



 雪守、圧強い。しかもそれで抱き締めてくる力も強くなるから、パイの圧も強い。

 あと和樹って、確か雪守に憧れを抱いてたはずだけど……和樹、お前脈ナシだぞ。



「後は何かないですか? 何か物を集めたりとか」

「物……あ、そうだ。確かシルバーアクセとか好きだぞ、あいつ」

「シルバーアクセ? 銀製のアクセサリーのことですよね?」

「ああ。安いものでも良いやつはあるし、コレクションしてたはずだ」



 理由は単純。カッコイイから。

 如何にも和樹らしい理由だ。

 だけどシルバーアクセサリーなら、高校生のバイト代でも十分買えるし、いろんなブランドとコラボしてたりするから数も多い。

 流石に付き合ってもないのに旅行はアウトだと思うが、これなら東堂でも手の出る範囲だろう。



「あ、ありがとうございますっ。早速明日香ちゃんに伝えなきゃ……!」

「待った」



 スマホに手を伸ばす雪守の手を掴み、そっと絡ませる。

 突然のことに、雪守は目を見開いた。



「初瀬くん、何を……ぁ。大きく……」

「ごめん、雪守。今のパイ圧で復活しちまった」



 あと、ちょっとした嫉妬。

 雪守が和樹の話をした。その醜い独占欲と嫉妬心が、俺の中の欲望を煮えたぎらせる。

 多分あの時……雪守が東堂から話を聞い時も、こういう気持ちだったんだろう。

 東堂が、和樹を好き。

 誰かが誰かを好きという現場に初めて触れて、雪守の中の愛されたい欲愛欲が爆発した。今更だが、そう認識いうことだと思う。

 こいつ自身、わかってないみたいだけどな。

 雪守は蠱惑的な笑みを浮かべ、そっと腰を浮かせた。



「それはいいんですけど……初めてですね、初瀬くんから求められるのって」

「……そうかも。悪い、たかが従業員の分際で……」

「いいえ、大丈夫です。むしろ嬉しい。初瀬くんが私を求めてくれるなんて……あぁ、どうしましょうっ。愛したい欲がふつふつと……!」



 雪守の体が熱くなっていくのを感じる。

 俺と雪守は互いの欲が解消するまで、何度も、何度も、何度も求めあった──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る