第14話 いつもの学校

 俺と雪守の秘密の関係(一部)が、和樹と東堂にバレた初めての平日。



「……行きたくねぇ……」



 寝起き一発目に出た言葉がこれだ。

 当たり前だろ? 全部ではないとは言え、俺と雪守が繋がってることがバレたんだ。しかも二人同時に。

 くそ。こんなことなら、行きつけのラーメン屋じゃなくて適当な場所にすりゃよかった。

 社会人が月曜は憂鬱だと言うけど、その気持ちがよくわかる。めちゃめちゃ学校行きたくねぇ。

 だけど、ここで休むと後ろめたいことがあるように思われるし……あー、でも行きたくねぇ。サボりてぇ。

 布団の上でゴロゴロしていると、不意にスマホが震えた。

 こんな朝早くから誰だよ……って、雪守?



『雇い主:サボっちゃメッ、ですよ♡』



 げっ。なんだこいつ、エスパー? それか雪守家の権力で、どっかから監視してる?

 ……雪守ならどっちも有り得そうで怖い。



『雇い主:あれ、初瀬くん? おーい、無視ですかー? 無視はやめてください。泣いちゃいますよー』

『祈織:喧しい』

『雇い主:ご主人様からのご好意を喧しいと!?』



 誰がご主人様だ、誰が。

 はは、全く。

 ……ん、あれ? なんか肩が楽になったような。まさか雪守とメッセージしたから……? だとしたら単純だな、俺。

 軽くなった体で立ち上がると、鼻歌交じりに準備を始めた。






「おっす、和樹。おはよう」

「出たな裏切り者め。おはよう」

「随分な言いようだな。挨拶はするくせに」



 雪守の周りにはクラスメイトが集まっているから、俺はいつも通り和樹の後ろに座った。



「あの後、バイトはどうなったんだ?」

「どうもこうも、送って終わり。体調悪そうだったろ、あいつ」

「そういやそうだったな」



 朝のメッセージと今の雪守を見るに、今のところ大丈夫そうだ。

 結局雪守の体調が悪そうだった理由も、なんであんなに愛欲が暴走したのかも謎だけど。

 まあ、雪守も人間だ。そういう時もあるってことで。

 遠巻きで雪守を見ていると、こっちに気付いた雪守が女神の笑みで手を振ってきた。

 和樹は鼻の下を伸ばして、雪守に手を振り返した。



「いやぁ、女神可愛すぎ……あんな人の下で馬車馬のように働けるなら、ブラックでもいい」

「そんなもんかね」

「現在進行形で働いてるお前にはわからんだろう、この憧れの気持ちは」



 いや、和樹の気持ちもわからんではない。俺も最初は同じような気持ちだった。

 学園の女神と言われる雪守と遊んで、愛欲を満たすという口実で雪守と体を重ねる。そして金を貰える。

 はっきり言って天国だ。今も天国だと思っている。

 でも雪守の私生活や欲望の爆発を見ると、その計り知れない闇を感じてしまって……素直に喜べない。



「和樹、このことは本当に内密に頼む。俺もあいつも、変に注目されたくないから」

「わーってるさ。流石にそこは弁えてる」

「助かる」

「ラーメン三日でいいぞ」

「たかるきか」

「いいだろ?」

「……はぁ、わかった」



 稼がせてもらってるし、金には困っていない。

 それで黙っててもらえるなら、安いもんだ。

 そっとため息をつくと、教室の後ろから見慣れた金髪が入ってきた。



「おはよう、初瀬。……富田も、おはよ」

「おっすおっすー。おはよーさん」

「……おう」



 ……? なんか東堂、和樹に対して少しよそよそしくないか? 前からこんなんだったっけ?

 ただまあ、気まずいのは俺も一緒だ。

 あれは別に和樹や東堂が悪いってわけじゃない。偶然出くわしただけの事故。

 でも東堂の相談で雪守が変になったのは事実だ。だからちょっと警戒心が出てもおかしくない……よな?

 すると、東堂が逸らした俺の顔を覗き込んできた。



「初瀬。お、は、よ、う」

「ぅ……お、おはよう」

「よろしい。ちゃんと挨拶しなさいよ」

「……へいへい」



 東堂が何を考えているのかわからない。

 東堂は俺の隣に座ると、短いスカートで脚を組んだ。

 雪守の少しほっそりとした脚とは違う。肉付きのいい脚で、大変揉み心地の良さそうな……って、何考えてんだ俺は。雪守の愛欲に飲まれて、思考がピンクになってんぞ、自重しろ俺。



「祈織、見すぎだ」

「初瀬って太ももフェチ?」

「ちげーよ。こんな風に脚を組まれたら、男なら誰でも目が行くって」

「まあそれはわかる。隙間に指はさみたい。冬とかそれで暖を取りたい」

「富田死ね」

「和樹気持ち悪い」

「俺にだけ当たりが強くねーか!?」



 今のは和樹が悪い。それにキモい。

 ぎゃいぎゃい騒いでいる二人から目を逸らすと、雪守と目が合った。それに、雪守を囲んでいる女子からも奇異な視線を向けられている。

 騒ぎすぎだったか、さーせん。でもいつも俺の席を占領してるから、お相子ってことで一つ。

 すると、俺のスマホが震えた。



『雇い主:初瀬くんは太ももが好きなんですか?』



 何を聞いてきてるんだ、あいつは。



『祈織:人並にはな』

『雇い主:じゃあどこが好きなんですか?』

『祈織:言わない』

『雇い主:ご主人様の命令ですよ』



 だから、誰がご主人様だ。

 てかその切り札出すのやめてくれない? それ言われると、こっちは従う他ないんだが。



『祈織:……胸と腹筋、かな』

『雇い主:ああ、だから正面が多いんですね』

『祈織:いや、それはお前が顔見てしたいって言ってたから』

『雇い主:墓穴掘ったです』



 見ると、わかりやすく顔を真っ赤にしている雪守。そのせいで、周りから風邪じゃないかと心配されていた。

 自分の言ったこと忘れんなよ、頭いいんだから。



「お? 祈織、いいことあったか?」

「え、なんで?」

「なんか楽しそうにスマホ見てたから。あ、もしかして新人爆乳グラドルでも見つけたか? どれどれ、俺に見せてみ?」

「くたばれ」

「それ死ねって言われるより地味に傷つくんだけど」



 和樹の頭を軽く叩いてスマホをしまうと、東堂が意外そうな目を俺に向けてきた。



「な、なんだよ」

「初瀬もグラドルとか見るんだなと思って」

「和樹のバカ発言に惑わされんな。俺はいたって健全だから」

「男の子なんだしそれが普通だっていうのはわかってるから、隠さなくてもいいよ」

「そんな理解ある彼女みたいな顔をされても」



 確かに前までは見てたし、和樹とバカ話で盛り上がっていた。

 でも今はあえて見ていないようにしている。雪守の関係を持ったあたりからだ。

 別に雪守とは付き合っているわけじゃない。でもなんというか……ちょっと雪守に申し訳ないと思うようになってしまった。

 本当、それだけだ。

 東堂はこっちの話には飽きたのか、「ところで」と和樹に話しかけた。



「あ、あんたは脚とか……好きなの?」

「大好きだ」

「……そう」



 東堂はソワソワしながら、脚を何度も組み替えている。だからそんな短いスカートで脚を組み直すな。見える、見える。



『雇い主:今は私の脚どころか、裸を見放題ですもんね♡』



 既読スルー。



『雇い主:無視しないでください!?』

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