第10話 ラーメン屋で遭遇
軽くシャワーを浴びた俺らは、準備をしてホテルを出た。
ホテルの前には黒塗りの車が待っていて、宮部さんが出迎えてくれた。
行きつけのラーメン屋は地元駅にあるから、電車で一時間もかかる。
そのことを伝えると、雪守が車を手配してくれたのだ。
「玲奈さん、ありがとうございます」
「すみません、宮部さん。突然こんなこと頼んでしまって……」
「お気になさらないでください。さあ、中へ」
宮部さんに促され、俺と雪守は車に乗り込んだ。
今回の車はいつもとは違い、後部座席が対面で四つある。だからそれなりに大きな車だ。
俺と雪守が横並びで、宮部さんが対面で座る。
揺れもなく、静かな走り出しで出発した。
「ふふ。それにしても、お嬢様が家系ラーメンを食べたいと言い出した時は驚きました」
「俺も驚きました。雪守ってそんなタイプじゃなさそうですから」
「でも美味しいですからね、家系ラーメン。あのこってりなスープと太麺。そして肉厚のチャーシュー……私も食べたくなってきました」
へぇ、宮部さんも家系ラーメンとか食べるんだな。それも意外だ。
雪守も知らなかったのか、きょとんとした顔で宮部さんを見た。
「え? 玲奈さん、いえけーラーメン食べたことあるんですか?」
「はい。最近は週一くらいで食べてます」
「なんで誘ってくれないんですか!」
「祈織様のおかげで、週末は私たちも時間がありますから。最近ではメイドたちで、オススメのグルメをシェアしてたりするんですよ」
俺に向けて綺麗なウインクをする宮部さん。
なるほど。普段は雪守に付きっきりだけど、週末は俺が雪守の相手をするから、普段出来ないことが出来るってことか。
だけど雪守は納得してないみたいで、むっすーとした顔をしていた。
「なんですかそれ。それじゃあ私が足枷みたいじゃないですか」
「それ、お嬢様がいいます?」
宮部さんの視線が俺に向けられる。
それを見た雪守も何かに気付き、気まずそうに窓の外を見た。
「あの、なんのことっすか?」
「……なるほど。本人に自覚がないのだとしたら、お嬢様はまだ幸せですね」
「うるさいです」
二人がなんの話をしてるのかわからない。
でも雪守は、何かを気にしてるみたいに俺をチラチラみてきた。俺、何かやっちゃいました?
更に追求しようとすると、車のスピードが落ちて止まった。
「着いたようですね。それではお嬢様、祈織様。行ってらっしゃいませ」
「行ってきます」
「い、行ってきます」
運転手が扉を開け、雪守、俺の順で降りる。
麺屋ときの。俺と和樹のよく来るラーメン屋で、知る人ぞ知る名店だ。
だけど……かなり目立ってるな。まあ黒塗りの車から男女が出てきたら、そりゃ目立つか。
「おぉっ。ここが初瀬くん行きつけのラーメン屋ですか……!」
「ああ。ここのチャーシュー麺が最高に美味い。そこの食券機で券を買って、中で注文するんだ」
俺はいつも通りチャーシュー麺大盛り、海苔、煮卵トッピング。
次に雪守だが、なんと同じものを注文した。
「大盛りって結構あるぞ。食えるのか?」
「初瀬くんと同じもの食べたいなって。……ダメですか?」
「ダメではないが……まあ残したら俺が食うから」
「間接キスですね」
「今更そんなの気にするとでも?」
それ以上とか沢山してんのに、今更過ぎないか?
雪守を連れてラーメン屋に入ると、馴染みの店主がこっちに気付いて読んでいた新聞を畳んだ。相変わらず無愛想なおっちゃんだ。
「初瀬の坊主か、らっしゃい」
「おっす、おっちゃん。これよろしく」
「おう。いつもの硬め多め濃いめね。そっちの……んっ!?」
雪守に気付いたのか、おっちゃんはぽかーんとした。まあ雪守の美貌を考えたら、当たり前のリアクションだ。
「……こりゃあおでれーた。まさか初瀬の坊主が、こんなべっぴんさんを連れてくるなんてな……」
「邪推すんなよ。友達だから」
「友達って、おめー富田の坊主以外にいたのか」
「はっ倒すぞクソジジイ」
「やってみろクソガキ」
ったく、いつまでも口の減らないおっちゃんだ。
おっちゃんは俺から雪守に視線を移すと、完全に客向けの笑顔を作った。おい、俺も客なんだが。
「いらっしゃい、お嬢さん。俺ぁこの店の店主の時野だ」
「は、初めましてっ。雪守雫と申します……!」
「はいよ、雪守の嬢ちゃんね。じゃ、チケット貰おうかね」
「は、はいっ。よろしくお願いします……!」
「雪守の嬢ちゃん、うち初めてだろ。全部普通でいいね?」
「だ、大丈夫、です……!」
流石の雪守も緊張してるみたいだ。まあこんな場所初めてだろうから、無理もない。
とりあえず適当に席に座ろうとすると、おっちゃんが「あーそうだ」と思い出したみたいに口を開いた。
「奥に富田の坊主も来てるぞ。あっちもべっぴんさん連れで」
「……え」
富田……和樹!?
急いで店の中を見渡す。
と、奥のテーブルにいる和樹と目が合った。
しかも隣にいるのは、なんと東堂。
二人揃ってこっちを見て唖然としている。
「あれ? 富田くんと東堂さんですね。お二人って仲がいいんですねぇ〜」
何呑気なこと言ってんだこいつ。
「おい初瀬の坊主。富田の坊主と一緒の席座れ。場所少ないんだ」
「はぁ!?」
「文句あるならけーれ」
「こ、の……!」
なんて横暴なジジイだ! あ、いつもか。
とりあえず和樹の方を見る、と……びきびきと頭に血管が浮かび、指をくいくいと曲げていた。
これ行かなかったら、後でなんて言われるか……嫌すぎる。
どうするか雪守を見ると、状況をわかっていないみたいで首を傾げていた。
「どうかしました? 私は富田くんたちと一緒でも大丈夫ですよ」
「ア、ハイソウデスカ」
俺が大丈夫じゃないんだが……はぁ。バレちまったもんはしょうがねぇか……。
諦めのため息をつき、俺と雪守は和樹たちの席へと歩いていった。
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