第11話 バレた

「…………」

「…………」

「…………」

「おーっ、色々と調味料が置いてあるんですね。どうやって使うんです?」



 おい雪守。このお通夜的な雰囲気でよくそんな無邪気でいられるな。空気読め、空気。

 四人席に詰められている俺たち。

 席順としては、俺の隣に雪守。前に和樹。その横に東堂が座っている。

 しかも俺の座ってる場所が壁側だから、逃げようにも逃げられない。たしゅけて。

 和樹はコップの水を一気に煽ると、ギンッと眉を釣り上げて俺を睨んできた。いや、こわ。お前そんな顔すんの?



「さて祈織。いくつか質問させてもらう。俺は今冷静さを欠いている。正直に話した方が身のためだぞ」

「お、お手柔らかに」



 なんで俺は休日に友人から尋問されてるんだ。拷問じゃないだけマシだけど。



「じゃあまず……なんで休日に、お前と雪守さんが一緒にいるんだ?」



 そっすよね。それが一番最初に出る疑問ですよね。

 でも全部説明するわけにはいかない。そんなことしたら、俺は間違いなく和樹以下学校の連中から石を投げられるだろう。最悪死ぬ。



「……前にも言ったが、バイトでな。今は残業中」

「バイト? え、つまりなんだ……? お前が泊まり込みでやってるバイトって、雪守さんのとこだったのか!?」



 バンッ! と机を叩いて立ち上がった和樹。当然おっちゃんから「るっせぇぞ!!」と怒鳴られ、大人しく座った。いいぞおっちゃん。あんたが俺の味方だ。



「マジかぁ……え、マジか。ちょっと頭がついて行かないんだが」

「だから秘密にしてたんだよ。こうなるのわかってたから」



 学園の女神と言われる雪守雫のところで泊まり込みバイトって知られてみろ。困惑されるか、邪推されるか、命を狙われるに決まってる。

 まあその邪推は当たらずとも遠からずなんだが。

 だけど東堂は俺と雪守の関係を知ってるから、今は大人しくこっちを見ているだけだ。

 俺は東堂については詳しくないし、仲良くない。だからどう反応するのかわからないが……この様子だと、余り興味無さそう、か?



「和樹、言っておくが邪推すんなよ。俺と雪守はあくまで雇用関係だからな」

「そりゃあわかってるがよ……変に考えるなって方が無理だろ」



 確かに。逆の立場だったら、俺も同じように考える。実際それは事実だし。

 だけど、雪守雫の体の隅々まで知っているなんて知られる訳には行かない。ここは確固たる意思を持って黙秘する。

 和樹が色々と聞きたそうに前のめりになると、東堂が「ねえ」と口を開いた。



「二人で盛り上がってるところ悪いけど、雪守サン顔色悪いよ」

「え?」



 和樹から雪守に視線を向ける。

 確かに顔色が悪い。青いとか白いとかではなく、少し落ち込んでるような……?



「ゆ、雪守、大丈夫か? 宮部さん呼ぶか?」

「だ、大丈夫です。大丈夫ですからっ。ちょっと心にグサッと来たというか、ある言葉が引っかかったというか……」

「おいコラ和樹、お前のせいだ。謝罪しろ」

「この度は誠に申し訳ありませんでした」



 物凄く綺麗な謝罪だ。こんなの謝罪会見でも見たことがない。どんだけガチなんだ。



「い、いえっ、富田くんのせいではありませんから」

「ほ、本当か……? よかった……」



 和樹はほっと息を吐くと、肩の力を抜いた。

 まあ、雪守がいいなら、これでいいけどよ……。

 と、今度は東堂が雪守に声をかけた。



「ところで雪守サン。バイトってどんなことしてるの? 泊まり込みってことは、それなりのことをしてるんだろうけど」

「そうですね……機密事項が多いので全部は言えませんが、簡単に言えば遊び相手をしてもらってます。ゲームとか、創作とか、運動とか」



 ああ、運動欲の時は本当に辛かった。テニスや卓球ならまだ可愛いが、ガチガチの筋トレの後に愛欲を満たさなきゃ行けない時は死ぬかと……。



「そうなの? てっきり、やばいことをさせてるもんだと思ってたけど」

「あはは、そんなことさせませんよ。初瀬くんは何より大切ですから。初瀬くんがいなければ、このバイトは成り立ちません。だから危ないことはさせませんよ」



「ね?」と笑顔を向けてくる雪守。なんとなく気恥ずかしくなり、そっと顔を逸らした。

 すると、今まで雪守の話を黙って聞いていた和樹が、少し前のめりになった。



「ねえねえ雪守さん。それ、俺は出来ないかな? ほら、遊び相手なら人数が多い方がいいだろ? 東堂もさ。異性じゃないとわかんないこととかもあるだろうし、どう?」

「ごめんなさい。これは初瀬くんにしか頼めないお仕事なので……」

「えー、遊ぶだけなのにか? それくらい、俺らにも──」

「へいお待ち」



 和樹の話を遮り、俺らの元にラーメンが運ばれてきた。

 和樹はトッピング全部のせラーメン(中盛り)。

 東堂は普通のラーメン(中盛り)。

 そして俺と雪守の前には、チャーシューメン(大盛り)が置かれた。

 中盛りラーメンの軽く倍はある。これが、この店の大盛りラーメンだ。

 巨大な皿となみなみ入ったスープに、東堂は目を見開いて唖然とした。



「え、これ大盛り……? やばくない……?」

「言ったろ。絶対大盛りはやめとけって」

「うん。やらなくてよかった」



 どうやら東堂は大盛りにしようか迷ったらしい。うん、それが正しいぞ。ここの大盛りはガチだ。



「それより雪守さんって意外と大食いなんだな。それを頼むとは思わなかった」

「はい。私、思ったより食べるんです」



 雪守はふんすっと気合を入れる。そんな話聞いたことないんだが。



「伸びちまうから、食べるか。いただきます」



 レンゲでスープを掬い、一口飲む。

 口いっぱいに広がる濃厚な豚骨醤油のスープ。鼻から抜けるこってりとした香りもよし。これこれ。これが家系よ。

 俺に続き、雪守も人生初の家系ラーメンを啜る。



「〜〜〜〜ッ! おぃひぃ……! これ、すっごく美味しいです!」

「だろ?」

「はい! 今まで食べてきたラーメンで、一番美味しいです!」



 いや大袈裟だな。

 今の言葉が聞こえたのか、おっちゃんは嬉しそうに鼻歌を歌いながら、他の客のラーメンを作っている。

 だけど雪守の言うこともわかる。麺屋ときののラーメンは、どこか中毒性のある美味さなんだよな。

 嬉しそう食べる雪守を横目に、俺も麺へと橋を伸ばした。






 三十分後。



「うっぷ……あの、しゅみません初瀬くん。おなかいっぱいで……うっぷ」

「だと思ったわ」



 結局半分食べたところでギブアップ。

 宣言通り、俺が食ってやるか。



「えっ、祈織。お前も大盛りだったろ。それなのに食えるのか……?」

「まあ、これが仕事だから」

「……俺、無理」

「私も……」



 この仕事、遊んでるように見えて結構大変なんだよ。主に雪守の尻拭いとか。

 とりあえず俺の分だけ食べ終えようと、スピードを上げて麺を啜った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る