第9話 友達として

 脱衣所、露天風呂。更にベッドでの行為を終え、空が白んできた。

 雪守は幸せそうな顔で俺に抱き着いている。今日も無事に満足してくれたらしい。

 今日は屋敷じゃなくてホテルだから、宮部さんが入ってくる心配もない。

 もう六時だが、俺と雪守はのんびりした時間を過ごしていた。



「雪守。のんびりしてるけど、今日の予定は大丈夫か?」

「はい。今日は珍しく予定がないので、明日の朝までおやすみなんですよ」

「え、そうなの?」



 本当に珍しい。この半年で、そんな日は一回か二回くらいだったはずだ。

 それほど雪守のスケジュールは過密で、友達と遊ぶ時間もない。

 なるほど、だから今ものんびりしてるわけか。



「初瀬くんは、今日のご予定は?」

「ないな。いつも通り、帰って寝るだけ」

「なら、今日一日私と一緒にいてください。お給金ははずみますから」

「いらん」

「そういう訳にはいきません。初瀬くんの時間を奪っているのは私なんですから」



 引き下がりそうにないな。頑固者め。

 あと、雪守は勘違いしている。こいつは、自分が色々と貰ってると思ってるみたいだが、それは俺もだ。

 俺の寂しさを。俺の孤独を癒してくれてるのは、雪守だ。

 雪守と関係を持つ前の俺と比べると、今の方が格段に良くなっている。

 確かに雇用契約上、残業代として給料を多く払うのはわかる。でも、今はそうじゃない。



「俺は、友達として雪守と一緒にいたい。……今日は、それじゃダメか?」

「……友達……友達、ですか」



 ……雪守?

 俺の言葉に、少し曇ったような顔になった。なんだ? ダメ、だったか?

 俺は結構、雪守とは友達だと思ってたんだが……いや、友達にしては不純すぎる関係だけどさ。



「……わかりました。今はそれで大丈夫ですっ」

「そ、そうか……?」



 何が大丈夫なのか、皆目見当もつかないが……納得してくれたなら、それでいいか。



「それなら今日は、友達としてずっと一緒にいてください」

「ああ、わかった」

「ずっとずっと、ずっとですよ? 病める時も健やかなる時も一緒にいてくださいよ?」

「重い重い重い」



 それじゃあまるで結婚じゃないか。俺にそんな覚悟はない。

 雪守はようやく起き上がると、俺に軽く口付けをしてからベッドを這い出た。いや、今のキスいる?



「まずはご飯にしましょう。朝は軽めでいいですよね?」

「ああ、頼む」



 フロントに電話をかけ、朝食の準備をしてもらっている間にガウンを羽織る。

 もこもこであったけぇ。これ、普通に家に一つ欲しい。



「ふふ。もこもこ初瀬くん、可愛いですよ。写真撮っていいですか?」

「事務所通してください」

「初瀬くんの所属先は私なんですけど」

「盲点だ」



 確かにその通りだ。文句の付けようのない論破。くそう、負けた。

 雪守は楽しそうに俺の写真を撮る。そんなに撮って、何が楽しいんだろう。俺が雪守の写真を撮るのは楽しいけどさ。美人相手な何をしても楽しいし。

 どれ、俺も雪守の写真を撮ってやろう。

 スマホを構えて、もふもふガウン姿の雪守を撮ると──。



「はい、サービス♡」

「い″っ!?」



 はらり、パシャリ。

 ここここここここいつっ、俺がシャッター押した瞬間ガウンの前をはだけさせやがった……!

 何度見ても写真フォルダには、全裸の雪守雫が写っている。しかも挑発的な笑顔で。



「お前な……」

「嬉しくないです?」

「嬉しいです。……はっ!」



 反射的に反応してしまった。だって仕方ないじゃん、男の子なんだもの。



「だけど、こういうの止めた方がいいぞ。前の自撮りだってさ……どこから流出するかわかんないんだから」

「私は初瀬くんを信じてるので、大丈夫ですけど。でももし流出したら、出処は間違いなく初瀬くんなので、それなりの地獄は味わってもらいます」



 こわっ! 目に光がないぞ雪守!

 無言で超高速で頷くと、ようやくいつもの笑顔に戻ってくれた。し、心臓に悪い……。

 とりあえず保存して、ロックフォルダに移動。申し訳ない。俺も男の子なのだ(二回目)。

 と、丁度その時朝食が運ばれてきた。

 今朝はトーストやスクランブルエッグなどの軽い食事だ。どれもシンプルなのに、どれも最高に美味そう。これも一流のコックがなせる技か。



「それで、今日はどうする? ずっとホテルって訳にも行かないだろ?」

「そうですねぇ。明日の朝チェックアウトすればいいですから……そう言われると悩みますね」



 朝食を食べながら、今日の予定を決めていく。

 と言っても、本当にやることがない。買い物は昨日行ったしなぁ。



「ずっとえっちします? 私はいいですよ」

「いやいや、ただでさえ寝ずにしてたのに、これ以上は私生活に支障が出るだろ」



 てか、愛欲は発散出来たんじゃないのかよ。



「じゃあ、友達ってどんなことして遊ぶんですか? 私、友達と遊んだ記憶がほとんどなくて、よくわからないんですけど」

「悲しいことサラッと言わないでくれます?」



 雪守の生活スケジュールを考えたらわかるけどさ。

 ただ、友達と遊ぶか……。



「俺が和樹と遊ぶ時は、ラーメン食ったり焼肉行ったり……まあ食うことが多いな。あとは映画館とか、スポーツアミューズメントとか」



 つっても、雪守はそんな食うって感じじゃないし、スポーツアミューズメントとかも行かなそうだ。映画は、映画館並の音響とスクリーンが屋敷にあったのを覚えてる。

 うーむ、どうするか……ん?



「雪守、ぼーっとしてどうかしたか?」

「……めん……」

「え?」

「……ラーメン……!」



 …………え?



「ラーメン、食べたいのか?」

「はぃ……!」

「でも普通のラーメンだぞ。雪守ならもっと美味いラーメン食べてるだろう」



 それこそフカヒレラーメンとか、燕の巣ラーメンとか。……いや、美味いのかそれは? 知らんけど。

 しかし雪守の口は既にラーメンになっているみたいで、バンッと台パンして立ち上がった。おいこら、お行儀。



「確かに食べてますけどっ、クラスの皆さんが食べてるようなラーメンが凄く凄く気になるんです! いえけー? とか、じろーけー? と言うやつが凄く食べたいです!」



 初っ端からそれ行くか。普通に醤油ラーメンとか味噌ラーメンとかだと思ってた。

 まあ食べたいのであれば、連れてってやるか。



「じゃ、昼は家系ラーメンにするか。オススメのラーメン屋があるんだ」

「はいっ!」



 うきうき、らんらん。どんだけ楽しみなんだ。

 まあ俺もラーメンは久々だから楽しみだけどさ。

 幸せそうな笑顔で楽しみにしている雪守を見て、なんとなく、俺も幸せな気分になった。

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