第5話 進路表

 チャイムが鳴って、ようやく雪守の周りに集まっていたクラスメイトが捌けた。

 やれやれ、ようやく自分の席に座れる。

 席に座って先生が入ってくるのを見ていると、隣から手紙を渡された。

 言わずもがな、雪守だ。



『いつもごめんなさい。私のせいで座れませんよね』



 ……こんなこと気にしてんのか。本当、真面目ちゃんだな。

 俺もノートの切れ端に返事を書き、雪守に渡す。



『気にするな。もう慣れた』

『気にしますよ。本当は私も平和に生活したいんですけどね……』

『女神様は大変だな』

『女神様って言わないでください。それ嫌いです』

『すまん』



 確かに今のは軽率だった。

 雪守は平和に、平凡に、普通に生活したいだけ。望んでチヤホヤされてる訳じゃない。

 少し反省していると、再度手紙が飛んできた。



『でも、そんな女神様の体を好きに出来るのは、初瀬くんだけですからね♡』



 げっ。こんなこと文字に残すなよ。

 横目で雪守を睨みつける。雪守は素知らぬ顔で、先生の話を聞いていた。

 春の陽射しが雪守の横顔を照らしている。

 窓ガラスが額縁みたいで、まるで生きた絵画のようだ。

 思わず見とれてしまい、視線が釘付けになった。



「こら、初瀬。雪守に見とれるのもいいが、ホームルームは先生の話を聞けなー」

「っ……すんません」



 しまった。どんだけ見てんだ、俺は。

 おいコラ和樹、ニヤニヤすんじゃねぇ殴るぞ。あと東堂はなんでそんな睨んでくんの?

 雪守も笑うな。目の奥で「ぷーくすくす」って言ってんのがわかるぞ。



『お前のせいだろ』

『なんのことで? 私は事実を伝えただけですが』



 このアマ……。

 俺は再度雪守を睨むと、そっとため息をついて前を向いた。このまま何言っても、雪守に口で勝てるとは思えないし。



「それじゃ、進路表は今週中に提出しろよー。進学もよし、就職もよし、お嫁さんもよしだ。先生はどんな進路でも尊重するからな」



 先生の言葉でクラスに笑いが起きる。

 回ってきた進路表には、第一志望から第三志望まで書く欄がある。

 もし進学なら、大学を第三志望まで書くらしい。

 進路……そうか、二年だもんな、俺ら。

 俺の進路……何も思い浮かばないな。

 このまま雪守との関係も、いつまで続くかわからないし。一応給料の殆どは貯金してあるから、頑張れば大学には行けるかもしれない。

 ……無難に進学かな、今のところは。

 と、また雪守から手紙が飛んできた。



『初瀬くん、進路はどうするんです?』

『多分進学。雪守のおかげで、金は貯まって来てるから』

『もしや私たちの関係がなければ、初瀬くんは就職でした?』

『まあな。進学する金なんてどこにもないし』



 大学進学にはそれなりの金が必要だ。事情があって親はいないし、早くに仕事できるならその方がいい。

 でもこのまま金を貯めれば、大学には行けると思う。

 ……この金を使うのは本当に忍びないけど、これだけは許して欲しい。

 肩の力を抜いて、進路表に進学と書こうとすると、また雪守から手紙が飛んできた。



『もしよければ、私のところに永久就職するつもりはありませんか?』



 ……は? 永久就職? 何それ、どゆこと?

 横目で雪守を見ると、さっきと変わらず前を向いている。

 だが、頬が少しだけ赤らんでいる気がする。

 永久就職……あ、そういうことか。



『執事枠での就職ってことか? 是非ともお願いしたいな』



 就職活動の噂を聞く限り、かなり面倒なものらしい。やる必要がないのであればやりたくない。

 まさか雪守からそんな提案を受けるとは思わなかった。

 と、雪守がくしゃくしゃに丸められた紙を投げつけられた。側頭部に当たり、机の上に転がる。こんな雪守、初めてだ。

 首を傾げて丸まった紙を開く。



『ばか』



 ……なんでや?

 訳がわからず雪守を見るも、雪守は窓の外を見てこっちを見ない。

 女心と秋の空、だな。今は春だけど。



   ◆



「進路かぁ〜。俺は就職だなぁ」



 昼休み、和樹と飯を食っていると朝の進路表の話になった。どうやら就職みたいだが……。



「和樹、就職だったのか。意外だな」

「なんでだよ」

「大学行って四年間は遊ぶもんだと思ってた」

「祈織が俺のことをどう思ってるのかよーくわかった」



 ごめんて。だからそんな不貞腐れんなよ。

 けど、本気で意外だった。和樹の家に遊びに行ったこともあるけど、普通に普通のご家庭だし、家族仲が悪いって聞いたこともない。



「何かやりたいこととかあるのか?」

「ああ。バックパック一つ持って、世界一周したい」

「……マジで?」

「大マジだ。これ見てみろよ」



 和樹が見せてきたのは、世界遺産の雑誌だった。

 テレビやネットで見たことがある世界遺産が沢山載っている。



「これ見てさ、『こんな綺麗なもんを人生で一度も見ないで死ねるか!』って気持ちになってさ。就職して、金貯めて、三十までには世界一周するのが夢なのよ」

「具体的だな」

「夢は具体的な方がいいだろ?」

「……凄いな、和樹は」

「はっはー! もっと褒めていいのよん」



 実際凄いと思う。俺にそんな行動力はないし、考えもしなかった。

 夢……夢か。



「俺の夢ってなんだろうな」

「知るか。と言いたいところだけど、まあゆっくり探せばいいんじゃないか? それこそ、大学四年間ってのはそういうもののためにあるだろ。勉強するも、遊ぶも、夢を見つけるも自由だ。それこそ気長にだな」

「…………」

「ん? 祈織、どうした?」

「お前に言われると腹立つな」

「何をう!?」

「嘘だよ。感謝してる」

「お……おぉ、なんか照れるな」



 照れて頬を染めてる和樹の頭を叩き、残りのパンを牛乳で流し込んだ。

 まあ、進路なんて途中で変わるだろう。今は進学でも、どこかで就職に気持ちが傾くかもしれない。

 ……雪守はどうなんだろう。やっぱり進学なのかな。

 まあ雪守の家を継ぐとなったら、それなりの学が必要だもんな。

 進学か、就職か、別の道か……。

 はぁ……わからん。

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