第4話 様々なストレス

「おー、祈織。うんこか? おはよーさん」

「それ、挨拶の前に聞くことか? おはよ」



 教室に戻ると、和樹がくそ下品なことを言ってきやがった。

 見ろ、女子が汚物を見るような目で見てるじゃん。俺を巻き込むな。

 雪守はトイレから戻ってきてるみたいで、まだ周りに沢山のクラスメイトが集まっている。

 仕方ない。今日も和樹と駄弁るか。



「バイトご苦労さん。泊まり込みのバイトだっけ? 大変そうだな」

「ま、それなりに楽しくやってるよ」



 あんないい思いをしていて、更に金まで貰っているのに、文句を言ったら暗殺されそうだ。雪守家は底がしれないからな。



「あーあ、でも週一バイトなんて羨ましいぜ。俺なんて休日合わせて週五よ? しかもコンビニバイトでクレーム多いしさぁ」

「大変だな。俺も去年まではやってたから、その気持ちはわかるけど」

「はぁ。俺も割のいいバイトにありつきたいぜ。週一で月十万くらいくれないかな」



 和樹の言葉に、俺は苦笑いしか出来ない。俺が言うと墓穴を掘りそうだし。

 その後も出てくる出てくる、バイトの愚痴。

 俺はそれに同調し、相槌を打つ。

 割といつも通りの会話だ。

 が、ここからが違かった。



「そういや、俺ばっか愚痴言ってるけど、祈織の方はどうよ。バイト先の愚痴の一つや二つ、あるんじゃないのか?」

「愚痴か……」



 俺らの会話が聞こえたのか、雪守がこっちに意識を視線を向けたのが横目に映った。

 ちょっとそわそわしてるようにも見える。俺が何を言うか、気になるみたいだ。



「……別に文句はない。結構好きにやらせてもらえるし、俺が疲れたら雇い主が色々としてくれるし」

「色々って?」

「そこは機密情報ってことで」

「けっ。羨ましい限りで」



 むすーっとする和樹を見ながら、横目で雪守を確認する。



「あれ? 雪守さん、顔赤いよ?」

「大丈夫? 風邪?」

「い、いえっ、大丈夫です。最近暑いですからね、あはは……」



 わかりやすく顔が真っ赤だ。別に他意のある言い方はしてないが、雪守は何を考えてるんだか。



「まあ、一つ上げるとすれば、寝かせて欲しいってところかな」

「げっ、寝かせてくれないとかブラックかよ。うちでも休憩時間はあるぞ」

「週一だから問題ないけどな。それなりのリターンもあるし」



 流石にこれはわざとだ。それに気付いたのか、雪守が俺を恨めしそうな目で睨んでくる。

 事実だろう。これを機に、少しでも欲情を抑える訓練をしてくれ。



「ふーん……あ、そうだっ。祈織、今日も宿題写させてくださいっ。おなしゃす!」

「またかよ」

「へへ、休日はバイトで忙しくてな」



 ったく、こいつは。去年、今年と同じクラスだからいいものの、離れたらどうするつもりだ。

 俺は自分の席に戻り、数学のノートを取り出す。

 と、意図せず雪守と目が合った。

 俺にしかわからない目の奥の欲が、少し見え隠れしている気がする。

 まだ月曜だぞ。一体どうしたんだ?



「初瀬くん。いつも富田くんに宿題を見せてるみたいですけど、富田くんのためになりませんよ。宿題は自分でやってこそ意味があるんです」

「あ、そういう……」

「なんですか?」

「いや、なんでも」



 何だかんだ言って、雪守は真面目だ。

 自分のことは自分でやるし、やれることは極力他人に頼らない。秘密の仕事に関しては、他人に頼らないと発散出来ないものだ。

 そんな雪守からしたら、ずっと俺に頼りっきりの和樹はストレスの対象になるんだろう。



「こっちは気にしないでくれ。俺も全部見せるわけじゃなくて、勉強を教える感覚で見せてやってるだけだから。その方が俺の理解にも繋がる。だろ?」

「そうですけど……」

「ま、そういうわけだ。ちゃんとジュースは奢ってもらってるし、リターンはある」



 あまり話してると、周りの奴らから変な疑いを掛けられそうだから、早めに退散。

 ノートを手に和樹の所へ戻った。



「な、なあ祈織。雪守さん、俺の方見てないか? まさか俺に気があるんじゃ……!?」

「それはない」

「どうしてそう言えるんだよ」

「気にすんな。宿題をいつも写してる和樹を貶してるだけらしいから」

「気にするわ!? えっ、そんな風に思われてんの!?」



 流石にショックを受けたのか、愕然とする和樹。

 ま、これを機に自分で宿題をやってくれるなら、それでいいか。



「ショックを受けてるところ悪いが、写さないと時間なくなるぞ。教えてやるから、さっさとやれ」

「へいへい。くそ、俺も真面目になる時が来たか……」



 わかりやすい奴。

 和樹と机を付けて、宿題を写させながら説明をする。

 すると、俺らの傍に誰かが立った。



「ん? ……東堂?」

「おー、東堂じゃん。おはよーさん」

「ん、おはよう」



 さっき廊下で話していたギャル、東堂明日香だ。

 気まずそうにソワソワしている東堂だが、手にはノートを持っている。丸っこい字で『すーがく』と書かれていた。



「もしかして、東堂も数学の宿題写させて貰いに?」

「ま、まあ、そんなところ。週末は色々考えちゃって、宿題出来てなくて……」

「そっかそっか。ここ座れよ。一緒に祈織様のノートを写そうぜ」

「なんで和樹が許可するんだ。別にいいけどさ」



 和樹が近くの椅子を寄せると、東堂は大人しく座って「ありがと」と呟いた。

 二人が宿題を写すのを見ていると、何だか妙な気分になった。

 東堂とは今朝話したのが初めてだ。……多分。でも話してたら覚えてはいると思う。

 そんな東堂が、なんで俺の宿題を写しに来たのか、わからない。

 すると、俺の視線に気付いたのかペンを止めて俺を睨んできた。



「なに?」

「あ、ごめん」

「べ、別に謝ることないじゃん。ただ、私のこと見てる理由を聞いただけで……」



 何となくお互いバツが悪くなり、視線を逸らす。

 空気が悪くなったのを感じたのか、和樹が「まーまー」と宥めてきた。



「祈織、気を悪くしないでくれ。東堂は目付きのせいで勘違いされやすいが、全然ヤンチャじゃない。むしろ可愛いもの好きでお菓子作りが趣味な、女子力高めの女の子だ」

「ちょっ!? 富田、あんた何言ってんの!?」

「むしろ同中の奴らからしたら、今の方が似合ってないぞ。髪は黒か茶色の方が似合うって、絶対」

「うっさい! 富田のばーかばーか!」



 顔を真っ赤にして、ギャーギャー騒ぐ東堂。

 話からして二人は同じ中学だったらしい。これも初耳だな。



「なるほど。同中の和樹がいるから、俺に話しかけて来たってわけか」

「半分はね」

「半分?」

「……なんでもない。宿題ありがと。今度お礼するわ」



 東堂はそそくさと荷物をまとめると、自分の席に戻って行った。

 いや、まだ半分くらいしか写してなかったと思うが……いいんだろうか?



「どうしたんだろうな、東堂は」

「知らね。っと、よし。俺も終わったー!」



 朝のホームルームが鳴る時間ギリギリで、和樹は宿題を写し終えたみたいだ。

 雪守の言う通り、これから少しは自分の力でやってもらいたいもんだ。

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