第3話 見られた
週明け。学校に着くと、珍しく雪守が先に来ていた。
そのせいで机の周りに人集りが出来て近付けない。これはもう新手のいじめじゃないか?
どうすればいいかわからず立ち尽くしていると、雪守と視線が合った。
みんなに向けている笑顔とは明らかに違う、花が咲いたような笑顔。やめろ、そんな顔で俺を見るな。
「初瀬くん、おはようございます」
「お、おはよう、雪守」
「そうだ。忘れないうちに……はい、こちら。お返ししますね」
「え?」
雪守が渡してきたのは、透明なビニール袋に入ったハンカチだった。しかも俺の。
あ、しまった。雪守の家に行った時忘れてきたのか。てかそれをこんな所で出すと……!
「え、なになに? どゆこと?」
「ねぇ、なんで雪守さんが初瀬のハンカチ持ってんのよ」
「わ、私に聞かれても」
「意味わかんないんだけど」
ほらぁ! 全員の視線が俺に集まるじゃん! 集まるじゃん!
「週末、初瀬くんが帰る時に落としたのを見ていまして。追い掛ける前に急いで行ってしまったので、私の家で保管していました。ちゃんと洗っているので、安心してください」
「そ、そうだったのか、ありがとう。失くしたと思ってたから、助かった」
助かった……雪守が誤魔化してくれたおかげで、みんなの興味がなくなったらしい。視線も俺から雪守に戻った。
これ以上話を蒸し返されないように、早く受け取ってしまおう。
雪守から手渡しされたハンカチを受け取る。と……ん? なんだろ、背面に手紙みたいなものが……?
視線を雪守に向ける。
既に雪守はみんなとの歓談に戻っていて、俺の方は見ていなかった。
ハンカチをポケットにしまい、教室を出る。
人気のない場所まで歩くと、しまったハンカチを取り出し裏返した。
『素敵な夜をありがとうございます。
次は特別なものを用意しますので、楽しみにしていてください。──S・Y』
S・Y。雪守雫。字体も雪守のものだ。
でも……次は、特別なもの? いったいどういう意味だろうか。
特別といえば、いつも貰っている。雪守は自分が与えられていると思っているが、逆だ。俺が雪守から貰っている。
その上、更に特別なものを用意する、て……一体何を考えてるんだ、雪守は?
……考えたって仕方ない、か。教室戻ろ。
ハンカチと手紙をポケットに突っ込み、振り返る。
と、そこには一人の女子生徒がいた。
明るい金髪に染めた髪をサイドテールにまとめていて、ちょっとキツめの目付き。
ヤンチャ、陽キャ、ギャル。そんな言葉が似合うような美少女だ。
確か、クラスメイトだったはず。名前は……。
「
「……覚えててくれてたんだ。まだ二年になって半月なのに」
「まあ、半月もあればクラスメイトの顔と名前くらいは覚えるぞ」
正確には顔だけはわかると言った方がいいか。
東堂は一年の頃から目立つやつだった。だから名前を覚えてるに過ぎない。
別にヤンチャだからとか、ギャルだからって訳じゃない。
道を歩けば誰かが噂をするくらい、東堂は美人だ。雪守ほどではないが、東堂はヤンチャ系に人気がある。あと乳がでけぇ。
和樹も「東堂っていいよなぁ……」とかぼやいてたっけ。いや、お前は雪守派じゃなかったのかよ。
「どうした。俺に用か?」
「用ってほどのことでもないけど……さっきのハンカチ。あれ嘘だよね?」
「……嘘?」
図星だった。
でも図星を悟られないよう、完全に心を殺して答えた……つもりだった。
明らかに俺の声が震えてる。くそ、わかりやすすぎか、俺は。
でも東堂は俺の動揺に気付いていないのか、それとも興味が別のところにあるのか。指をもじもじさせ、「えっと……」と呟いた。
「実は見ちゃったんだ。初瀬が、制服姿で雪守サンの車から降りるところ。土曜日の昼ね。雪守サンの家の車って、わかりやすく高級車だから」
げっ、あそこ見られてたのか……!
しまった。裏路地のだし、閑静な住宅地だからクラスメイトには見られないと思ってたんだが。
「ハンカチを渡した時、雪守サンは拾ったって嘘をついた。でも違うよね。あれは多分、雪守サンの家で落としたもの……違う?」
「……なんのことだ? 人違いだろ」
俺に出来ること。それはとぼける一択だ。
これを認めたら、どんな影響があるかわかったもんじゃない。
いや、俺はいい。俺はなんて言われてもいいが、雪守に何かあったら申し開きが出来ない。
とにかく知らぬ存ぜぬを貫く。それしかない。
「あ、写真撮ったから言い逃れ出来ないよ」
はい、詰んだ。
東堂のスマホに写ってる写真。間違いなく俺の横顔で、車は黒塗りの高級車。いつも雪守が、校門の前で送迎してもらっている車だ。
「そ、それはだな……」
「……別にこの写真を使ってどうしようとかは考えてない。ただ、初瀬の口から本当のことを聞きたいだけ」
言えるか。舐めんなよ俺らの複雑な関係を。
でもここで黙りを決め込むと、あとあと何を言われるかわからないし……。
「……別に、バイトの雇い主が雪守ってだけだ。毎週金曜日の夜から朝にかけて、雪守の家で働いてる。そんだけ」
嘘はついていない。けど、仕事の内容まで話す義務はない。
東堂もそれ以上は踏み込めないと思ったのか、じっと俺の顔を見るだけだ。
「……そう、わかった。ごめん、変なこと聞いて」
「いや、いい。勘違いは誰にでもある」
「それじゃ」
東堂は振り返らずに去っていった。
……念の為、雪守に連絡しておくか。
『祈織:情報共有。東堂が俺らの関係を怪しんでる』
『雇い主:……なるほど、そういうことですか。わかりました。ありがとうございます』
返信はやっ。
いつも思うけど、あれだけ人に囲まれててよくこんなレスポンス早いな。後、何がなるほどなのかわからんのだが。
『雇い主:今はお手洗いなので大丈夫ですよ。前半の文章はお気になさらず』
俺の思考を読んだ、だと!?
まあ、それなら……って、また雪守からメッセージが来て……。
「ぶっ!?」
こ、これっ。この写真、て……!
ワイシャツのボタンを全部開け、白い柔肌と黒のブラジャーを惜しげもなく晒している。更に胸を強調するように下から持ち上げていて、挑発するような笑顔を見せていた。
俺の前だけで見せる、扇情的な雪守。
そんな姿を学校のトイレで……しかも自撮りで送ってくるとか、何考えてんだ。
『雇い主:あなたは私が雇っていることを忘れなければ、それでよいのです』
……本当、何考えてんのかわからん。
俺はそっと嘆息すると、スマホをしまって教室に戻っていった。
因みに自撮り写真は、大切に保存させて頂きました。
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