第6話 デート欲
また週末になった。
今日も今日とて、俺は雪守家に向かって……いなかった。
今日の俺は雪守家ではなく、電車で一時間ほど掛かる高級デパートへやって来ていた。
雪守の指示で、服はちょっと小洒落たジャケットと白ティーシャツ。ズボンは黒のスキニーで革靴を履いている。
確かにこの格好なら、高校生には見えない……と、思う。
だけど、どうしてここが待ち合わせなんだろうか。
しかも周りを見ても高校生っぽい人はいない。若くても大学生くらいだ。
こんな場所で一人で待たせるなよ。怖い、帰りたい。
そのまま待つこと十分弱。
不意に、デパートの中がざわついた。
「おい見ろよ」
「すげー美人……」
「モデルかしら?」
「可愛すぎない? 同じ人類?」
あぁ、この周りの反応、雪守か。
姿は見えなくても、周りの反応で来たかわかる。歩く広告塔か、あいつは。
暇つぶしに見ていたスマホをしまい、客の視線の先を見る。
──
白いワンピースに、上から春らしい桃色のカーディガン。
決して派手ではないが、存在感を強調しているブレスレットとネックレス。
足元は歩きやすいようにパンプスで、肩からはブランド物のショルダーバッグを掛けている。
ただでさえ美しい容姿だが、今日は薄らメイクをしているらしく、美しさが際立っていた。
雪守は俺を見つけると、満面の笑みで足速に近寄ってきた。
「初瀬くん、お待たせしました」
「……ぁ、いや……俺も今来たところだから、気にしなくていいぞ」
予め用意していた言葉を言う。
だけど……ダメだ。緊張で上擦った。スマートに決めたかったんだが、どうにも俺にはこういうのは似合わないらしい。
雪守はササッと前髪を整えると、俺の視線に気付き女神の笑みを向けてくる。
「どうです? 私のこういう姿、初めて見たのでは?」
「あ、そうかも。いつも制服……だからな」
『と裸体』という言葉を飲み込んだ俺、偉い。
それにしても本当に可愛い。いや、美人……美少女? とにかく、今まで見てきた芸能人と一線を画している。
それくらい、今の雪守は魅力的だ。
この感情をどう言葉にすればいいかわからず言い淀んでいると、雪守の顔が少し曇った。しまった、ちゃんと言葉にしないと。
「っと……に、似合ってる。可愛い……いや、いつも可愛いけど、今日はいつにも増してというか……」
「! ……えへ、えへへ。そうですかっ。ふふっ、ありがとうございます、初瀬くん。初瀬くんもカッコイイですよ」
「そ、そうか……?」
「はいっ。流石、初瀬くんです!」
何が流石なのかわからないけど。
でも褒められるのは存外気分がいい。お世辞かもしれないけど、ちょっと嬉しかった。
「それじゃ、行きましょうか」
「そうだな」
雪守は周りの視線も気にせず、俺の腕に抱きついて体を密着させてきた。
俺も、今更こんなことで緊張しない。……しないったら、しない。
「えっと……そういや、今日の欲望は? 買い物欲か?」
「いえ、違います。今日の私は──デート欲です」
「……デート欲?」
今までになかった欲望だ。
確かに今までを考えたら、逆にない方が不自然だが……。
「デートって何するんだ?」
「玲奈さん曰く、仲のいい二人が買い物したり、映画を見たりするらしいです。プランは私が考えてきたので、お気になさらず」
「……じゃ、頼めるか?」
「はい! まずはショッピングに行きましょう!」
ニコニコの雪守を連れ、デパートの中を練り歩く。
高級デパートなだけあり、目に映るもの全てが煌びやかだ。その分値段も煌びやかなのは言うまでもないが。
だけど雪守は慣れたように店員と色々と色々と話しては、気に入ったものを買っていく。
雪守が財布から出すカード、もしかしてブラックカードと言うやつでは……? いやまあ、毎週俺に十万も払ってるから、当たり前と言ったら当たり前だが……。
「さて、私の買い物は終わりましたね。あとは初瀬くんのものですよ」
「……え、俺のもの?」
はて、どういう事だろう。俺は別に、何も欲しくはないんだが。
というかカードなんて持ってないし、持ち合わせもない。ここで俺が出来ることは、雪守の荷物持ちだ。
「俺、買う物ないよ。それに高いし、こんな所で金使ったら直ぐ破産しそうだ」
「大丈夫です。これはお仕事なので、私が全て出します」
「それこそダメだろ。いつも金貰ってるのに、こんな所まで出してもらう訳には……」
「初瀬くん、それは契約違反です」
契約違反。その言葉に、俺はつい口を噤んでしまった。
雇用契約の一つに、従業員は雇い主のわがままを聞き入れることというのがある。
もし契約を破った場合、雪守家のボディーガードからきつーいお仕置があるんだとか。
内容までは聞かされてないが、きつーいお仕置は勘弁願いたい。
この場合、雪守が俺に奢りたいという欲望を拒否したことになる。明確な契約違反だ。
となると、俺が出来ること一つ。
「……じゃあ、服を頼む」
「はいっ、お任せ下さい!」
雪守はふんすふんすと息巻き、メンズフロアへと引っ張っていく。
わがままお嬢様のわがままに付き合うのも、従業員の役目、か。宮部さんも大変だな。
メンズフロアで、雪守があっちへ連れてったりこっちへ連れてったりと、とにかく色んな服を試着させてくる。
ただ雪守の慧眼は素晴らしく、どんな服を着てもまとまってると言うか、俺らしいものだ。
凄いな雪守は。
まあその殆どを買ってるんだけど。これじゃあ俺がヒモみたいじゃないか。……いや、間違ってないな。
「いやーっ! 買いましたねぇ!」
「買いすぎだ」
そんなこんなで二時間が経過。
ベンチに座る俺らの俺らの足元には大量の紙袋が置かれていて、道行く客の視線を引いている。
そりゃ、こんなに買ってたら驚くだろう。
「これどうすんだよ。持って帰れないぞ」
「安心してください。これから玲奈さんたちが取りに来ますから。これを渡したら、今日はまた別の所に行きますよ」
「まだあるのか……」
「当然です! むしろこっちが本命と言っていいでしょう!」
この大量の買い物がついでで、次が本命?
今から帰って愛欲の発散って訳でもなさそうだ。
何をするつもりだ、一体?
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