12

 窓の外に川崎市の新市街が見える。高機動車両ハンヴィー は街の外周を繋ぐ幹線道路をダラダラとしたスピードで北へ向かう。以前は東京の脇にあるベッドタウン、潰瘍の発生した5年前からは閑散としたゴーストタウンになったが、今、魔導セルを用いた自動建設機械などで急速に都市化/発展し人口は倍増に。

 常磐の魔導研究/工場施設が立ち並ぶ。世界へ魔導機関/魔導機械を輸出する新横浜とをまとめて、新東京に並ぶ有数の都市になった。

 高機動車両ハンヴィー を運転するのは機械をまとった──少なくとも見た目は少女の風な隊長。ゴツゴツの強化外骨格APSで体格がかさ増しされているからか、さながらヘヴィー級ボクサーとドライブをしているような錯覚をしていまう。右腕には自動小銃=通称Mk.IVマークフォーがピンと電磁石でくっついている。プラスチックの質感/こぶりなライフル。しかしニシには威圧感が満載だった。

 犯人が敵性の魔導士と判断されたので、装備がひとつ上位のものに更新された。常磐の交戦規定によれば、爆弾を使わない程度の装備が許されているらしい。

 沈黙の続く車内で、ニシはリンと2人きりだった。私語をしないというのは、人の命の懸かった仕事なのだから当然といえば当然なのだが、静かにするというより押し黙ったままのリンに声をかけるのがためらわれた。

 事の発端は、数時間前のケンの発案だった。

「交代しよう」

 夜、日が落ちて間もない時間、警察署の駐車場で、和田刑事と打ち合わせを終えたリンに向かってケンが言った。

「交代って、何を」

「チームの構成だ。毎日毎日、同じメンツじゃ飽きちまうだろ」

「飽きるって、これ仕事だよ」

 童顔隊長のいらえ。風貌はちんちくりんだが眼光のそれは厳しかった。

「ここのところジュンがおばけおばけって言ってうるさいから締めてやらないと」背後で

 小さな悲鳴が聞こえた。「副隊長の俺、直々に」

「なるほど」

「で、ハシは本部との通信担当。Jの元施設科だからな。得意だろ」

 丸メガネ/丸顔が上下に動いて首肯する。

「で、ウチの最大戦力を前線に出す」

 指先でリンとニシを交互に指差した。沈黙。細い眉の間にシワが深く刻まれる。隊員たちは数秒の沈黙を肯定と受け取ったらしく、三々五々自分たちのに乗り込んだ。

「ちょっ!」

 リンの反論虚しく、筋肉野郎たちは遠くへ走り去ってしまった。その時ケンのニタニタ笑顔が、一瞬だけ見えた。

 そのせいか、リンの機嫌が最近見ない程にどんよりと沈んでいた。何かに付けて普段は表情が豊かかつ端整な顔立ちのせいで、今は気分の浮き沈みが人一倍見て取れた。「顔に書いてある」という言葉の綾はまさにリンのためにあるようだった。

 こういう場合、いい香りが漂ってきて惚けてしまうのだろうが、あいにく漂ってくるのは機械油の臭いばかりだ。あるいはの駆動部にある魔導セルのぴりりとした感覚でいやおうなしに目が覚める。

「あたしがかわいいからつい見てしまうのはしょうがないけど、あたしの顔ばっか見てないで犯人探してよ」

 言葉は普段どおりのリン=自信満々/唯我独尊/自意識過剰気味ゴーイングマイウェイ。しかし尻すぼみに声量が小さくなていって、最後は呟くように唇を動かすだけだった。

「すまない、でもかわいいから見てたわけじゃない」

 どう話そうか決めかねていたからだ。見た目は年下/実際は年上の経験豊富なレディに上辺だけの言葉を並べて励ましても、すぐ見透かされてしまう。

「それはそれで、何かイヤミね」

「すまん」

 しかし/ふと気づく。ニシ自身、何も悪いことをしていない。しかし/面と向かって切り出せず。『どうして情緒不安定なんだ?』なんて口が裂けても言えない。少なくとも/普段は安定している。少なくとも、見えている範囲では。

「月がきれいだな」

 当たり障りのことしか言えない。

「ん? んん、そうね」

 開かずの踏切/タクシー、バス、配送トラックが数台の行列を作っている。その間を縫って退勤のスクーターたちが我先にと進んでいく。深夜にも関わらず、ここ最近は24時間、ひっきりなしに電車が走っている。自動運転+魔導セルの安価な電力のおかげ。

 しばらく動けそうにない。リンはハンドルに上体を預けて、フロントガラス越しに月を眺めた。都市の明かりのせいで対して明るく見えないそれを、ぼんやりと見やった。

魔法使い・・・・ってさ、満月で強くなるとか」

 やった。話題の選択に成功した。リンが思った以上に釣れた。

「うーん、古代の魔導士・・・ならそういった物があったかもしれない。ほら、月や天体を神様に見立てたから」

「見立ててたから、魔法が使えるの?」

「魔導は世間一般の因果とは少し違う。“思うゆえにあり”。これが魔導の鉄則」

「高卒のあたしにもわかるよーに言ってよ」

「んー、例えば、りんごを箱に入れて蓋を閉じる。箱の中にりんごはある?」

「そりゃ、あるでしょ」

「それが因果。魔導はそれが逆なんだ。箱にりんごがあると思ったら、そこにりんごがあるし、ないと思えばなくなる。世界への認識が具現化する、させてしまうのが魔導だ。古代、本当に月に魔導の源だと思うのであれば、実現できてしまうんだ」

「ふーん」

 興味なし/理解できず、どちらとも取れる反応。

 月明かりか街灯の明かりか、判然としないが真っ白な光がリンの横顔を陰影深く照らし出していた。黙っていたら、確かにかわいい。

「あーやだやだやっだ」

 突如の大音声の独り言。気を抜いていたせいで全身で数センチ飛び上がってしまった。思わず渋滞の先を見る=たいして前へ進まないうちに再び遮断器が降りた/新市街開発と旧市街の間のちぐはぐなつなぎ合わせのせい。

「別の道に行けばよかったな」

「そうじゃなくって、聞きたいことがあるんだけど」

 妙に艷っぽい/妙な胸騒ぎ。

「どうぞ」

「……幻滅してない?」

 予想外。リンの、気力な下げに垂れ下がった眉の先を見やる。泣きそうとか、そういう類じゃない、むしろ吹っ切れたようにも思える。

「俺が、幻滅? 何に」

「あたしに」

「どうしてまた」

「あたし、最近全っ然、いいとこないから」

「そうか? この前の訓練、頑張ってたじゃないか」

「ふうん、どんなふうに」

 どう、といわれても形容し難い。機械仕掛けの脚力で飛び回り、機械仕掛けの腕力で穿孔する。

「かっこいい。あーゆーの、男の子大好きランキング1位に輝くであろう、かっこよさだった」

「なーんか違うのよね、そーゆーの」

「“かっこいい”じゃ不服?」

「うん、そう、そうというか、そうじゃないんだけど」

 リンが顔を上げた。はやっと踏切を越え、T字路の突き当りで赤信号に引っかかった。沿岸部の工場で作られたであろう、何かの巨大部品を運ぶトレーラーの車列が何台も続く。円筒形のそれに律儀に常磐のロゴがこれみよがしに入っている。渋滞の原因はこれか。

「あたし、しっかりしなきゃいけないのにね」

 リンがうずくまった。めずらすく弱気になっている。

「隊長だから?」

「それもある。それもあるんだけど、あたしのほうがお姉さんだから……って、何かいいなさいよ」

 思わず吹き出して、盛大に笑ってしまった。機械仕掛けの少女の風体でお姉さんは、流石にないだろう。

「最近元気がないと思ってたけどそんなことで悩んでたのか」

「けっこう重要なんですけど、それ。お姉さんとしてしっかりあるべきなの。それなのに、情けなく泣いちゃってさ」

 そこは、隊長として、と思ったがあえて口を挟まなかった。あっけらかんとした人物だと思っていたが、意外と繊細だった。

 慰めようと頭でも撫でようとも思った/いつも子どもたちにしているように。しかしにのところで思いとどまった。

「いったい、何歳なんだ?」

 当然の疑問。年齢、経歴ともに不明。カナは知っているふうだったが、いつもはぐらかされてしまう。

杭打機パイルバンカー暴発ぼうはつするわよ?」

 ニコニコしたリンが、むしろ怖かった。幸い、赤信号が変わりが進みだしたおかげでを魔導障壁で防ぐ必要はなかった。

「いろいろ、考えているみたいだがな、リン。俺はなんとも思ってないんだぞ。この前見た訓練、リンはかっこよかったし、今回の事件もよく隊員をまとめてる」

「うん、そりゃどうも」

 リンの横顔がほころんでいるようにも見えた。隣りにいる/面と向かってはいないこの状況だからこそ、面映いことさえ言えてしまう。

「それでも、困ったことがあったら頼ってくれていい。お姉さんとか、そういうの気にしないから」

 見た目が十分子供っぽく見えることは伏せておいた。

「ありがと」

 その時リンの右手はハンドルに/左手が伸びてきて、ニシの手を握ってきた。機械仕掛けの握力でギューギューと締め付けてくるが、柔らかさは分かっった。

 第六感=いや、そーゆー雰囲気なのか。

 気持ちの整理/まだ。覚悟/不十分。

 そーゆー雰囲気/意図せずに。

「だから……」

 呟くようなリンの言葉は、スマホの着信音でかき消された。普段の作戦と違って、自宅から来たせいでポケットにスマホを入れっぱなしだった。

 弾けたように、お互いが手を離した/気まずさと面映ゆさのせい。

 着信を知らせる画面/深夜1時過ぎ/名前はサナから。

「もしもし?」

『あ、お兄さん、私、サナだよ』

「ああ、うん。それは分かるよ。で、こんな時間にどうしたんだ」

『その、あのね。モモがね』

 しかし、言葉の歯切れが悪い。

「モモが、どうかしたのか」

『いないの』

 胃に冷たいものが落ちてくるような感覚を覚えた。そんなはずはない。戸締まりした上に、カグツチに子どもたちを守るようにと厳命していた。

「そばに大男がいるだろう。彼はなにか言っていたか?」

『うーん、それが。何を言ってるかよくわからなくて。でもモモを見送ったのは確かみたい。どうしよぅ』

「わかった。サナは家から絶対でちゃダメだからな。モモの件はこっちに任せてくれ」

 心臓が落ち着かない。幼かったときのモモの姿から今に至るまで、その記憶全てが瞬時に蘇ってきた。もしも、モモに何かあったら、後悔してもしきれない。

「リンっ!」

「わかってる。聞こえてたから。あたし、耳が良いの」

 ダッシュボードに左手を突っ込んで、なにやらゴソゴソと動かす。その手に握られていたのは赤色灯だった。

「和田刑事から借りてたの」

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