8
「そうそう、その調子だ」
じわじわと精神力が削られていくのが分かる。集中。
空中でメラメラと燃え盛る炎に全神経を向ける。仄かな温かみを感じる。決してまがい物の炎から感ずる熱気ではない。体を包むそれはマナの流れだった。
マナが何か、正直良くわからない。でも以前どこかで、同じことをしていた。記憶が失われる前は人並みに魔導が扱えていたのだから思い出せばいいだけのはなし。
でも、思い出せない。心の中に棘があるのだ。それが引っかかって出てこないばかりかシクシクと痛む。そのせいで寝られない夜もあったし、子供っぽくお兄さんに付き添ってもらわなきゃ落ち着けなかった。
「ほら、集中して。マナの流れが乱れている」
魔導の炎が揺らいだ。風なんかの影響は受けない。もっぱら心の持ち方次第でその姿を変えていく。
ピピピピピピ……
スマホのアラーム/お兄さんの胸ポケットから聞こえる。
消火/マナが霧散する/体を包む温かさは消えてちょっと寂しい。
「1分、魔導を維持できたね。前よりもずっと上手になってるし、すごいよ」
お兄さんの言葉=嬉しい。つい笑みがこぼれてしまいそうになる/恥ずかしいので表情を押し殺す。ちらりとお兄さんを見たが、バレてる気がした=恥ずかしい。
「でも、こんな単純なのにすごく疲れちゃうんです」
「この短期間でゼロからここまで上達したのは、きっと体が魔導の扱いを覚えているんだろう」
「んーその記憶がなかなか思い出せないんです」
「無理に思い出すことはないよ。思い出せないのはそれなりの理由があるからだ」
以前も同じ言葉を言ってくれた。優しい=嬉しい=ドキドキする。
「マナを合理的に効率よく魔導に回すんだ」
お兄さんは、いつのまにか出ていた額の汗をタオルで拭ってくれた=嬉しい/恥ずかしい。
「マナってよくわからなくて。暖かくてぼんやりと、出てくる? みたいな」
「実態のある者じゃないから、それを正確に説明できる言葉はない。ただ感じて理解するしかない。確かに言えるのは、見ようとするものだけに見える、ということだけだ」
「はあ……」
「自我を魂と仮定するなら、その外、事象の水平線のマイナス面にあり釣り合うようにして存在するのがマナだ」
「んー」
「魂は、どこにある?」
「ここ」
胸のあたりを押さえてみた。お兄さんはちょっと笑ってくれた。
「魔導士は認識を具現化させる。一般人とは因果が逆なんだ。そこに命があると認識するのなら、そこに魂がある。正解だよ」
嬉しかった。どきときする。一歩、お兄さんに近づいてみる。正解したのだから、それくらい許してもらえるはずだから。
「マナの流れ、分かった気がします。とても、懐かしい感じです」
「その歳で、懐かしいが分かるのは面白いなあ」
幻覚──見えるというより、視覚とは別に、街が、世界が観えた。それがいくつも重なる/枝分かれする/その1つが、確定した。
「雨が降ります」
お兄さんは不思議そうな顔をしたが、その直後、ポツリポツリと大きな水滴が髪に/
お兄さんのマナを感じる/暖かく包まれる感じ/指が中を切った途端に、雨粒が2人を避けるようにして流れていった。魔導の大きな傘の下、2人きりだった。
あれ? これ、待って。いい雰囲気じゃん。もしかして、この後……。
「お兄さん──」
「よし、マナの流れが分かったんだな。もう少し練習してみよう。ちょうど雨が降ってきたから、雨粒を止める、念動力の練習だ」
ムードぶち壊し/落胆。でも、嫌いになれず。お兄さんの脇腹を杖で小突いてみた。
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