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 先程までドンパチしていた訓練区画の横に、飾りっ気のないビルが立っている。研究棟とは離れたこの一角は主に保安隊が使っている。整理、整頓、清潔という最低限のルールのもと無機質な壁や床は男臭い雰囲気が漂っている。

 1階が事務、2階が宿直室とブリーフィングルームになっている。3階は談話室とジムがあるが、今は人気ひとけ がない。

「隊長って、絶対ニシさんのこと好きっすよね」

 金髪細マッチョのチャラ男=ジュンの提言。

 コンクリートを打ちっぱなしの無機質なブリーフィングルーム/その隅っこで、リン指揮下の小隊5人が肩を寄せあってコソコソ話していた。ちょうど部屋の反対側/入り口あたりでニシと隊長=リンが話している。内容はよく聞こえない。

「お前、絶対言うなよ」「ハッハッハッ」「当然だと思います」「今さら気づいた?」

 ジュン以外の4人が笑って胸筋が揺れた。筋肉が服を着ているようなマッチョたち。いらえさえ息がピッタリ。皆、元陸自×2、某国の元外人部隊×1、元警察×2。

「あれーみんなもう知ってるんすか。俺、先月の戦いで見ちゃったんすよ。隊長がニシさんに抱きついているの」

「おい、それは聞いてないぞ」「ハハ! 冗談だろ」「ありえないと思います」「まあ、そういうこともあるよな、たぶん」

「そういえばあの時、お前だけ強化外骨格に魔導セルをセットするのを手間取ってて、遅れたよな。その時見たのか」

 まわりよりも、ひときわ高身長/巨大な筋肉のケンが言った。

「いやあ、あれは、魔導セルのソケットがすりへってて、うまくはまらないんすよね」

「で、それからどうしたんだ」「ハハ! 若いっていいな」「吊り橋効果というやつですね」「隊長はあーいうのが好きなのか」

 筋肉たちがごちゃごちゃとイチャモンをつける。

「隊長は泣きながら、ニシさんに抱きついて。俺、夜目が効くんで。でもそれだけっすよ」

「なんだよ、驚かせるなよ」「ハハハ!」「結局何を話したかわかりませんね」「抜け駆けか」

 ブリーフィングルームの反対側で、ニシとリンの会話にカナも加わった。カナはリンより少し背が高いくらい。リンの名付けた「でこちゃん」という通り、光を反射せんばかりに額が目立っている。

『ちょっと、わたしのダンナをトラナイデヨー』

『何よ、アタシが先にツバつけといたんだからーでこちゃんはアッチいってて』

 ジュンが裏声でアフレコした。すかさず4人の筋肉たちからツッコミ=平手打ち/正拳突き/タックル/ヘッドロック を食らう。

「唾つけといてってなんかこう、あれですね」

 筋肉丸メガネ=ハシが言った。

「ハッハッハッ、あれってなんだよ、言ってみろよ。意外とムッツリなんだな、お前」

 金髪筋肉=テツがつっこむ。

「いえ、つまりですね。僕は隊長とニシさんがくっつけばいいと思ってるだけですよ。純粋な、気持ちで」

「えーハシさん、もしかして佐藤女史に惚れてるんすか?」

 ジュンの口角からニタニタ笑いがこぼれ出る。

 しかし、カナは自分の名前に反応してこちらを向いた=地獄耳。実直/冷徹さゆえにカナは名字+女史の呼び名があった。

 ごまかすような、筋肉たちによるツッコミ=平手打ち/正拳突き/タックル/ヘッドロック を食らう。

「まーでも、ひとつ問題があるっす」

 トラブルメーカー=ジュン。暴力に動じず。

「何だよ、いってみろ」

 ケンの太い二の腕の筋肉がビクビク動く。

「隊長のことは、もちろん尊敬してるっす。強いし冷静だし。でも、なんつーか、『ちんちくりん』だから、ニシさんは見向きしないかも」

「それはないと思いますよ」頭脳派=ハシ。「ニシさん、子どもたちを育ててるじゃないですか。もし、そういう趣味があるなら、そもそも養子の許可がおりない。となれば、ニシさんは『ちんちくりん』好きの趣味はないですよ。」

 三段論法/A=B、B=C、C=A。筋肉たちが一瞬、考え込んだ。

「それって望み薄っすよね」

 ジュン=最初に解明した。

「いえ、そこがポイントでして。ニシさんはきっと『ちんちくりん』以外の面で惚れてるですよ」

「たとえば」

「積極性!」

 うーん、と唸る筋肉たち=息ピッタリ。積極性というよりに思い当たりがありすぎる。部下たちにとってリンはさながら都会の肉食獣クーガー

「やっぱり、お前、ムッツリだな」

 二の腕が震えるケン。

「何、話してるんですか」

 いぶか なニシ。パイプ椅子を引っ張ってきて、筋肉たちから自然に距離をとって座った。

「作戦会議っす」

「作戦ってどんな?」

恋の矢作戦オペレーション・キューピッド

 ジュンが懇親のキメ顔で言った。が、すぐに筋肉たちによるツッコミ=平手打ち/正拳突き/タックル/ヘッドロック を食らう。

「は?」

 しかし、ニシはその真相を聞けなかった。

「はいはい、男どもーいちゃつくのやめれー」

 リン=気だるそうに。ニシの隣の椅子に座る/ざわつく筋肉たち。

「じゃあ、定例会議をはじめます」

 カナはホワイトボードの前に立った。さながら小学校の教師のよう。飾りっ気のないタートルネックのセーターに「常盤興業」のプリントが入ったウィンドブレーカーを着ている/エアコンの冷風対策。

「えー県警からの要請で、連続通り魔の捜査に、常磐として協力することになり、あなた達第一小隊に出動してもらいます」

 カナ=淡々と。

「おいおい、まじかよ」「それ、ウチの本職じゃないっす」「ハハっ、面白そうだな」「んーなにか裏を感じますね」「俺はそういうのでも全然いい。むしろいい」

 筋肉たちがざわめく。

「まぁまぁ、あんたたち、とりあえず椅子に座って」

 リンが猛獣の調教師のように手綱を握る。筋肉たちはがちゃがちゃと騒がしくパイプ椅子に座り直した。

「ここ3週間ほど、市内を中心に男性ばかりを狙う通り魔が発生。5名が亡くなっているの。現場には魔導の残滓が確認されたので、常磐に支援要請があり、私たちが警ら及び即応に当たります」

 カナがタブレットを操作した。

「これは県警が回収した監視カメラの映像です。5日前、4人目の被害者の映像です」

 タブレットを引っくり返して、皆に見せた。

 人気ひとけのない深夜の住宅街。家の中から外への映像。左側から千鳥足の人影が歩いてくる。ちょうど画面の中央に来たくらいで、影が“現れた”。まるで煙幕を張るかのように漆黒の煙がにわかに発生した。そして影が千鳥足の人影にまとわりつく。

 ほんの数秒の後、影が消えて動かない死体だけが残された。

「で、これが死体の写真」

 断りもなく見せられる死体/顔をしかめる筋肉たち。

「これは、あたしでもわかるわ。明らかに人の仕業じゃない。腰の部分から上が、引きちぎられてる。魔法なしでこんな死体を作れるのは──」

 リンの話が途切れた。なんでもない、っと言って話を切り上げた。

「魔法使いの意見はどうなんだ?」

 太い腕を組んだままケンが言った。立ち上がってタブレットをよく見ている。

「俺は魔導士・・・です。俺はなんとも。実物を見ないと。怪異か悪意を持つ魔導士か。“あれ”とは関係があるのか?」

 “あれ”=郊外のアパートで心臓/脳/血液が抜き取られた上にA型怪異が憑依した死体が襲ってきた事件。

「わかんない。県警は何にも言ってこなかった。ともかくこれは決定事項です。今日は各自、自宅待機。再度集合は。A装備にて出動します。作戦指揮は県警の和田警部です。夜通し捜索をするので、今のうちに寝ておいてください。何か質問は?」

 すっとニシが手を上げた。

「契約外活動の報酬はあるのか」

 ニシ=拝金主義。タダでは能力を売らない。

「あるわよ。でも犯人確保をしなければ通常待機と同じだから」

「了解、ボス」

 そこで散会となった。

「例の件、どうなりましたか、佐藤女史」

 ケンがすっと立ち上がった。しかしタブレットを片手にカナは部屋を出ようとしていた。ケンの熱意がわからないらしく、小首をかしげた。

「何でしたっけ」

「先々週申請した20mm自動銃の」

「ああ、あれ。却下されていました」

「そんな」

 一瞬、筋肉がしなびたような、そのぐらいの落ち込みようだった。

「20ミリ?」

 ニシがリンに耳打ちした。

「弾の直径が20mmってこと。たしかリボルバーカノンの改良型。戦争が無くなっちゃって銃器メーカーが常盤に売り込んできたの。本社に在庫があるらしいけど」

「強い?」

「うんまあ。でも銃本体で100kg越えてるし、弾も含めると、強化外骨格APSで運用したちしてもチョイきついかも」

 リン=冷静に。めずらしくカナも同意見のようだった。

「結論から言えば、私たちには過剰な装備だと判断されました。もともとは“砲”だった20mm自動銃は、強化外骨格APSの開発と同時に歩兵の装備になりましたが、それはあくまで対強化外骨格APS戦闘を想定したものです。私たちが相手にしている怪異は、ただまっすぐ走ってくるだけです。それも大勢で。20mmでは威力過剰な上、機動力に欠けます」

 隙間のない論理武装。カナは完璧にケンを論破した。

「じゃあ、なぜ申請したんだ?」

 ニシがふたたびリンに耳打ちする。

「さあ。ロマンってやつじゃない?」リンが呆れたように「男の子ってそーゆーの好きでしょ」

「俺は魔導士だからわからないなあ」

「とりま、うちらは武器の威力じゃなくて練度でカバーってことで」

 ケン=しぶしぶといった感じで椅子に座った。あまり文句を言っていたら訓練が追加されそうだった。

「残念っすね。俺はミニミでも十分好きっすけど」

 ジュン=元SAT/ゆえに大きい武器が好き。

「お前、またデカい怪異が出てきたらどうするんだ」

 ケンがうなる=胸筋が揺れた。

「そらまあ、ニシさんにおまかせで。それにここのところ潰瘍内は安定してるんだよな、ハシ」

「ええ」ハシの丸メガネが光った。「現在のデータから推察するに、前回のようなことは起きないでしょう」

「今できることは、じゃあ、筋トレぐらいだな」

「いやいやー、ケンさん、寝ましょーよ」

「いやだめだ。なまっちまう」

 ケンはジュンの首根っこを掴んだ。軽口/しかし筋肉たちの中では愛されキャラ。

 その時、筋肉たちはリンを一斉に見た。リンは隣りに座っているニシにこそこそと話しかけた。そしてなにやらニシも首肯して、二人で部屋を出ていった。

「これは! 追跡しましょう」

 ジュンがおもむろにケンの拘束を逃れようとした。が、すぐに筋肉たちによるツッコミ=平手打ち/正拳突き/タックル/ヘッドロック を食らった。

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