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「ふー着いた着いた」

 リンは猫のようなしなやかな体捌たいさば きでバイクから飛び降りた。常磐のロゴマーク入りのTシャツ&作業用ツナギ。どちらも黒で統一されている。ニシの「軽装でバイクは危ない」という信念だった。

 リンはツナギの上半身だけを脱いで、袖を腰にくくっている。華奢なシルエットだが引き締まった筋肉はみてとれた

「本当は、そのヘルメットじゃだめなんだけど」

 ニシはリンのヘルメットを受け取った。工事用のヘルメットで真ん中に常磐のロゴマークが描かれている。魔導陣をモデルにしたような幾何学模様。

「バイクに乗るの久しぶり~。やっぱ楽しいね」

「ん、買う?」

「まだ買わないかなー。だからちょいちょい乗せて」

 ニシ=ガッツポーズ。バイク仲間が増える期待/リンの真意には気づかず。

「それで、『ちょーオススメなグルメ』ってのは、ここにあるのか」

 バイクにヘルメットを魔導の紐でくくりながら言った。各駅停車しかなさそうなシルエットの低い駅の脇にバイクを止める。まわりは自転車ばかりだが一応、ここは駐輪場。

 駅の正面に商店街の入口があった。ペンキの色がせたアーケードが緩やかなカーブで続いている。人通りはほとんどない。

「夜から仕事だからねー。ぱっと食べてちゃっと帰ろう」

 リン=こっちーと手を振ってテクテクとアーケードへ入っていく。ニシもそれに続いた。このエリアにはほとんど来たことがない。しかし時間が止まったような商店街だった。世界では潰瘍が起きたり戦争が起きたりしたのに、ここだけはいつまでも変わらないんだろうな。

「ここ! 着いたよ」

 リンはくるりと一回転/腰でくくった袖がパタパタ舞った。

 ニシは、出かかった言葉を一度吸い込んでから、言い直した。

「たこ焼き、好きなのか」

 チェーン店の銀だこ。こういう雰囲気なら、人知れずこっそり営業しているような店のほうが合っていると思ったが、細かいことは言わなかった。

「うん。てか嫌いな人いないっしょ」

「嫌いじゃない。でも、猫舌だからな」

「えーうそーマジで。魔法使いなのに」

「魔導士だ。それに99%は普通の人間だから」

「じゃーさ、あたしがフーフーしてあげようか」

「いや、ちょっとずつ食べるから大丈夫」

 ニシ=鈍感さも、ある意味で天賦の才だった。

「何味にする?」

 アクリルパネルに挟んであるメニューを覗き込んだ。普通のと、ネギと、エビ入りと、どれも一律600円。

「じゃあ、ねぎたこ」

「アハハーおじさんっぽい」

「やっぱり老けたのかな。子育てばかりだったから」

 ニシ=真に受ける。不服そうなリン。

「あたし、この特製カレーソース。意外? でもおいしいんだから」

 店員は短く返事をすると、すぐに箱に詰め始めた。他に客はいない。

 合計で1200円。ニシが財布を出そうとすると、リンはそれを制した。

「まあまあ、ここはあたしが払うから」

「いいのか」

「もちろん! バイクで送ってくれたし、言い出しっぺはあたしだし」

 リンは常磐のペリカンのゆるきゃら入りカードをICリーダーにタッチ=支払い終了。2パック入った袋を受け取った。

 おごってもらう理由が「年上だから?」と訊くと、たこ焼きパックをもったまま、器用な上段蹴りが飛んでくる。

 見た目こそ童顔丸顔&中学生くらいの身長/しかし年上という噂。

「こっち来て。食べるところがあるから」

 リンはテクテク歩いていく。今にもウキウキスキップしそうだった。

「よく知ってるんだな」

「まーね。昔、ときどきここに来てたんだ」

 リン=童顔ながら人生経験が豊富な雰囲気を漂わせる。

 案内された先/角を曲がってすぐ先=小さな広場があった。プランターに背の低い花が咲いていている。それを囲むように背もたれがないタイプのベンチが4つ、並べてある。

 リンが先にちょこんと座って、袋を開けた。

「晴れてよかったねー」

 確かに、梅雨のシーズン真っ盛りなのに薄い雲しなかなった。アーケード商店街の中でここだけ屋根がなく、日差しが降り注いでる。ずっといると肌が焼けてしまう/リンは気にしていようだが。

 ニシは自然に/遠すぎず近すぎず48センチの間をあけて同じベンチに座った。そして薄い紙の容器に入ったたこ焼きを受け取った。まだ熱い=猫舌のニシは警戒態勢。

「いっただきまーす」

 リン/食事を開始。爪楊枝を深々と刺して、丸いたこ焼きをパクパク食べる。ニシは1つずつモグモグ食べた。熱さで舌がピリピリする。味はよくわからないが大きいタコが入っているのはわかった。

「1個食べてみる? カレーたこ焼き」

 爪楊枝の先で、丸いたこ焼きが掲げられた。見た目は茶色いソースと変わりないが、香りはスパイスだった。

 ニシの脳裏に、たこ焼きを食べたときの感覚が浮かんだ。熱い。痛い。唾液が自然と出てくる。しかしリンの申し出を断るわけにもいかず、食べた。

「あちっ」

 熱い/リンとの間接キスを気にする余裕もなく。

「えへへ、おいしーでしょ?」

 しかしカレースパイスの香りとタコの形しかわからず、

「意外といける」

 熱い塊を飲み込んだ。

「じゃーあたしも1個もらうね」

 リン/肉薄/急接近。腕がすっと伸びて、ニシの持つパックからソースたこ焼きを奪い去る。ショートヘアからふわりとシャンプーの香りがした。

「うん、ふつーの味」

 リン=ニカッと笑った。強化外骨格を着て戦う姿とのギャップ/大。まるで少女のような笑顔だった。

「俺はソースと青のりが好きだから」

「やっぱオジサンじゃん」

 リンはパクパクとカレーたこ焼き×8を食べ終わった。そしてモソモソとソースたこ焼きを食べるニシを眺める。

「そんなにジロジロ見なくても。お腹空いてるのか」

「ううん。それはプレゼントだから遠慮せず食べて」

 すでに十分冷めていたので、ニシは一気に食べ終わった。

「ごちそうさま」

「おそまつさまでしたー」取ってつけたように「猫舌なんて、かわいい趣味してるね」

「趣味じゃなくて習性。というか普通に食べられる方が不思議だ」

 はい、とリンが空きパックを取ってくれた。そのまま、脇にあったゴミ箱に捨てた。

「そう? 魔法が使えるほうが不思議でしょ」

「魔導だ。で、どうして急におごってくれたんだ?」

 施設内に食堂も併設されている。冷蔵食品+フリーズドライのスープだけだが安い。

「んーとね、話したかったから」

 リン=急にもじもじと。

「そう、どんな話?」

「謝りたいこと」

 急な暗い話=ニシは身構えた。悲劇が起こりやすい・・・・・・ このご時世、こういう顔をよく見てきた。

 一方で、自分はそんな悲劇とは幸運にも無縁で過ごしてきた。家族はみな健在だし、東京に友といえる友人はもともとおらず、潰瘍やら怪異災害やらで大切な人を失ったことはない。その幸運が逆に、寄り添うことのできない罪悪感としてニシにのしかかっていた。

「別に、謝らなきゃいけないことなんてないだろ」

「先月の、あの戦いの前に、あたし、取り乱しちゃって」

 ニシの脳裏に記憶が蘇った。たしか潰瘍内に突入する前、リンが泣いていた。たしか、「人が死ぬのを見たくない」と。兵士なのに/兵士だから、リンは人の生死に敏感だった。それでもなお、危険極まりない仕事に携わっている矛盾があった。

「泣きながら抱きついたこと?」ニシ=平然と。「別に気にしてないって」

 問題があったとすればカナが、ニシとリンとの関係を疑ったことくらい。しかし潰瘍内で戦闘したり事後処理に忙殺されたことで、あれ以来カナが話題にすることはなかった。だからニシも今の今まで忘れていた。

「あたしね、あーゆーのに弱くて。なんというか、誰かが死んじゃう、みたいな」

 リンは今にも泣き出しそうだった。こういう顔を今まで何度も見てきた。うちで一緒に暮らしている孤児×5たち。今でこそ、手がつけられないほど元気だが預かった当初は泣くか黙るかのどちらかだった。

「みんな辛かったからな」=共感。「俺からは、何も訊くことはないよ」=距離感。「でも、話したくなったらいつでも聞くから」=許容。

「うん、そだね。ありがと。ごめん、なんかまた変なこと言っちゃって」

 リンは顔を背けた。見えないが涙を拭っている感じ。

「俺は話を聞くことしかできない。だけど力になるから」

「ありがと。じゃ、あたし帰るね」

 リンは駆け出した/きれいなフォーム/底しれぬ体力。しかしバイクを停めた駐輪場とは反対側だった。

「あ、あたしはバスで帰るから大丈夫。ほら、この辺に住んでたことあるし。バイバイ」

 ニシもすぐあとを追いかけたが、姿が見えなくなっていた。走れば間に合う/魔導を使えばすぐにでも。しかし、今はかける言葉がなかった。

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