うさぎ恋愛相談所、逢先生とぱにぱに

いすみ 静江

うさぎの逢先生、恋愛相談館はいつもぱにぱにです

 ここは、うさぎランド。

 少し寂しい東の街の団地で、僕はまた夜を飛ばしていた。

 僕の体は全身真っ黒で、指先が足袋を履いたように白いから、タビーと呼ばれる。


「夜になったので、丸くなって寝ようとするも眠れないな」


 枕元で、ウサフォンを弄っていた。

 僕の世界は、二十代や三十代を中心に、流行っているものと絶賛リンク中だ。

 ウサフォンで聞くネットラジオ『ウサタンタン』があり、『あい先生の恋愛相談館』を楽しみに、毎週過ごしている。


 ブブブとの振動音だ。


「よっしゃ! 『やかた』が始まったよ」


 イヤホンをうさ耳に装着して、ウサベッドで、待っていた。

 お知らせマークの鈴をタップして、スタートする。

 BGMのジャズが聞こえた。

 館に入った感じで高揚する。


「あら、タビーくん! おかえりなさい」


 キタ――。

 最初に来てもおかえりと言ってくれるのに、心が擽られる。

 一刻も早く、入室の挨拶を書き込むのが楽しみだ。


<こんばんは。タビーくん、サバイバル中なりよ>


「あは。タビーくんのソレが出たら、元気ってことやね」


 僕は一人暮らしで、それをサバイバルだと感じている。

 彼女がいないと、寂しい。

 だから、アバウト週末に開かれる、『逢先生の恋愛相談館』に通い詰めだ。

 僕にも推し活をしている相手がいる。

 今も聴いている館長かんちょうにぞっこんなんだ。


「タビーくん、元気やった?」


 逢先生の丸っこくて鈴を転がしたような、可愛い声、カワボに先ず魅了された。


<お陰様です>


「うふふ。それやったら、ええねん」


 キュンで斃されると思った。


<昨日のグリオノオマケって、連呼していたのは、まだ受けているの?>


「ああ、それ。家族に笑われてまんな。ただ言いたいだけやろって」


 でも、西の街言葉を操ったら西街一な程明るい方だ。

 アイコンは少し茶がかった綺麗なうさぎ画になっている。

 中にいる逢先生も美しい方に違いない。


「あら、トリさん、お久し振り。シロちゃん! おかえりなさい」


 六人程の常連さんや偶にみえる方もいて、賑やかになって行く。


「えーと、初見さんもおみえなので、ご説明いたしますね。雑談でもご相談でも、ご自分のタイミングでお書きくださいね」


 丁寧な言葉に西の言葉混じりな所が、とってもナイスだったりする。


「ええっと、タビーくんのご相談、と……」


 幾人かの書き込みの中に、僕はラブレターを忍ばせた。


「相談です。僕に、好きな人ができました。その人はころころと笑うのが可愛らしく、触れてはいけない感じがして、まだ、告白もできておりません。ウサチョコデーに、僕はチョコレートを贈って、さり気なくアプローチができたらいいなと思いますが、勇気が足りないです」


 ああ、カワボで読まれてしまった。

 こんなにも恥ずかしいものだとは。


「はい。ご相談、ありがとうございます。タビーくんに、好きな方がいらっしゃると。でも、告白には至っていないと言うことで、よろしいですか?」


 ドドドドドド、ドキドキするな。


<はい。最近、恋心が増してしまい、もう夢中なのですね>


「どうして、告白できないのか、お考えになりましたか?」


<やはり、振られてしまうのが、怖いのですよね……>


「ふんふん」


 コホッとウサフォンから聞こえた。


「ちょっと失礼」


 さっと音声をミュートにされた。


「はい、ちっさいおっさんがおりましてね。世間ではエヘン虫とでもいいましょうか」


<大丈夫ですか?>


 推し活中の逢先生に、のど飴をギフトしたい。

 でも、三ウサタンタンかかるし、飴の類よりも水分の方がいいと思った。

 キャロットジュースをギフトしよう。

 これだと、一ウサタンタンなので、お財布に優しい。


「タビーくん! わあ、ありがとうございます」


 ウサフォンの画面全体に、ニンジンとジュースのイラストが舞った。


「キャロットジュースをいただくウサ!」


 逢先生の決め台詞が可愛いのなんの。

 カワボの神使いだ。

 僕のギフトでは、安い感じがする。

 例えお付き合いであったとしても、嬉しいのに変わりがない。


<ウサ、いただきました。ありがとうございます>


 心を込めて書き込んだ。

 今の僕にできることは、これ位なのかも知れない。


「いいえ、とんでもない」


<それで、ウサチョコデーは、明日なのですよね>


「そうですよね」


<逢先生は、ディナーなどのお約束がありますか?>


「あったら、館をやってませんがな」


 こうして、丁寧な言葉の後に西の言葉が来ると、お姫様のようでいてとても傍にいる方のようで、嬉しく感じる。


<どう、踏み出して行こうかな>


 僕は、そこに勇気を振り絞って、書き込みをした。

 暫く、ジャズが鳴り響く。

 これは、推している逢先生に向けた言の葉だった。


「あら、シロちゃん、おかえりなさい」


 一人の常連さんが戻って来たようだ。

 おかえりなさい、ただいま、こんばんは……。

 文字が飛び交う。

 先程の書き込みは、他のコメントで掻き消えて行く。

 僕の気持ちは、網を抜けるように通り過ぎて行った。


「推しの一人なんだ。仕方がないのかな」


 ウサベッドに潜りながら、赤面していた。

 こんなことなら、黙っていてもよかったのかも知れない。


「あああ! 僕は愚かだったかな――?」


 その日の『逢先生の恋愛相談館』をラストまで聞けたが、チョコレートをディナーで一緒にいただくことは、忘れようと努めた。


 ◇◇◇


 翌日も週末の『逢先生の恋愛相談館』が開かれている。

 推し活をしていたんだったな。

 昨日はちょっと残念だった。

 けれども、逢先生が西の街から発信してくれて、東の街に住む僕なんかに優しさを届けてくれるこの日々に変わりはない。


「今日は、僕は一番乗りではないけれども、どうなんだろうか」


 ウサフォンを布団に持ち込む。

 気は浮かないが、鈴をタップした。


「あら、タビーくん! おかえりなさい」


 僕は、静止画の茶うさぎ逢先生が、微笑んでいる気さえした。


<こんばんは。タビーくん、サバイバル中なりよ>


【了】

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