第7話 ヲタクによる争い
「及川くん、おはよう。」
「結莉・・・?え?ちょ、ちょっと及川くん、こっち来て!」
「引っ張んないでくれ北村さん。あっ、南さんおはよう。いてててててて!」
「どういうこと?いったい何がっあったの?!」
北村さんに引っ張られ、俺は人気のない階段まで引きずり出された。
昨日帰ってから北村さんにあった出来事を報告しようとしたのだが、疲労によりすぐに爆睡してしまい、何も知らせることが出来なかったのだ。
「及川くん、昨日何があったの?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遡ること十数時間前。
「及川くん、私ね―――『創作物研究同好会』に入りたい。」
「え?」
「去年も実は興味あったんだけど、なかなか勇気でなくって。私は漫画が好き。そんな好きなもので活動できるなんて、絶対楽しいに決まってるもん。」
そして南さんは突然頭を下げて続けた。
「あんな態度取ったのに、頼み返すなんて馬鹿げたことだってのは分かってる。ごめんなさい。でも許してくれるのなら、私を同好会に入れてくれませんか?」
「いやだから、許すも何も・・・。」
繰り返しになるが、あれも友人のことを思っての行動。
謝られることじゃないんだ。
そして、俺の出す答えは最初っから決まってる。
「もちろんオッケーさ。むしろこちらが頼みたい。」
「え、いいの?嬉しい。ありがと。」
南さんは面を上げ、表情にぱっと花を咲かせた。
「ねえ、あの話しようよ。及川くんが読んでたシリーズのさ。私もあれ大好きなんだ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんで昨日の夜にでも話してくれなかったの?!なに青春しちゃってんの?!」
「帰ったら疲労で爆睡しちゃって・・・。それに関しては悪いと思ってる。すまん。」
「はあ、別に誤解が解けたならよかったけど。これで同好会、立ち上げられるね。」
北村さんは親指をぐっと立てる。
「ああ。ありがとな、北村さん。」
「ありがとうって、別に私は何もしてないけど?」
「南さんから聞いたよ。いろいろと説得してくれてたんだろ?そのことももちろんだし、こうして同好会が立ち上げられそうなのも北村さんあってのことなんだ。だから本当にありがとう。」
「ちょ、そんなにお礼言われると照れるじゃん!まあ、どういたしましてとでも言っておこうかな。」
「これからもどうぞよろしく、北村さん。」
「こ、こちらこそ、よろしく。」
北村さんとあの日出会ってなければ、俺は今も教室の隅っこでヲタク活動をしていたことだろう。
それも決して悪いことじゃないが、俺がこの学校に来てしたかったことではないのだ。
「二人ともそんなところで何してるの?」
突然俺と北村さん以外の声がして驚く。
「わっ!南さん、いつからそこに・・・?」
その声の正体は南さんだった。
南さんが俺たち2人の傍にいつの間にか立っていた。
「さっき。」
「ちょっと結莉、びっくりさせないでよ・・・。で、どうしたの?」
「ごめん、びっくりさせたつもりはなかった。私今日日直だから、学級日誌を職員室まで取りに行こうってお誘いしに来た。」
「一人で行けばいいじゃん!別についてってあげるけど。」
「ありがと。そういうところだから及川くん、真凛借りるね。」
「あ、ああ、どうぞどうぞ。」
「じゃあね及川くん。てか教室で待ってればよかったじゃん。」
「なんか早くとりに行きたかった。早くとりに行って教室でゆっくりしたかった―――」
2人の声はだんだん遠のいていく。
一人取り残された俺は、近くの図書室で何か本でも借りてから教室に戻ることにした。
放課後。
今日は俺の好きな女性声優さんが表紙の雑誌の発売日だ。
帰りの支度を終え席を立つと、隣の席で南さんと談笑している北村さんが挨拶をしてくれた。
「あ、及川くん、またね。」
「ああ、また。」
続けて南さんも挨拶をしてくれた。
「じゃ。」
「ま、また。」
あまりにも短すぎる挨拶に意表を突かれ、少したじろいでしまったが今は雑誌のことで頭がいっぱいだ。
今日は近くの店舗で買うことにしよう。
早く買って早く帰って早く読みたい。
付録でその女性声優さんのポスターもついてくるし、2冊買っちゃおうか。
そんなことを考えながら教室を出て下駄箱に着く。
すると遠くの方からこちらへ声が近づいてくるのが分かった。
「ってまたねじゃなああああああああああああああああああいいいいいいい!!」
その声は北村さんのものだった。
全力疾走でこちまで走って来た。
「ナチュラルすぎて思わず『またね』って言っちゃったよ!!何帰ろうとしてるの?!」
「え?今日声優雑誌の発売日で・・・」
遅れて南さんも来た。
そして北川さんは周りを見渡して、小さな声で言った。
「同好会の申請しないの?」
「あっ。」
完全に抜けていた。
南さんの誤解を解いたことによる満足感と、声優雑誌の楽しみで完全に本来の目的を忘れていた。
「ちょっとこっち来って!」
俺はまた朝と同じように引っ張られ、人気のない階段まで連れられる。
「なんで本来の目的を忘れちゃうの?!馬鹿なの?天然なの?!」
「北村さんに天然と指摘される日が来るとは・・・」
「どういう意味よ!私天然じゃないから!!謝って!」
肩を鷲掴みにされ、前後に揺らされる。
「わ、悪かったよ。あと、折角協力してもらってるのに、すまん。」
「別にわかればいいのよ。てかその雑誌どんだけ楽しみにしてたわけ?」
「すみません、めちゃくちゃ楽しみにしてました。」
「私も楽しみにしてたし、もちろん購入予定だけど、及川くんが一番やりたがってることを忘れちゃダメでしょ?」
「はいすみません。ぐうの音も出ません。」
「ほら結莉からも何か言ってやって。」
さっきまで一言も言葉を発してなかった南さんが一歩前に出て俺の目を見る。
「その声優さんが好きなの?」
「え?あ、ああ、好きだけど・・・」
怒られることを覚悟していたため、その質問内容に意表を突かれる。
「その声優さんがタイプってこと?」
「え?タイプって?」
「好きなタイプなの?」
「い、いや、そういう感じで考えたことなかったから、わかんないかな・・・?」
南さんはさらに一歩踏み出し、じりじりと俺に近づいてくる。
あまりの圧に押されてしまう。
「じゃあ、どんな子がタイプ?」
「む、難しいけど、タイプというか、俺のことを好きになってくれる人が良いかなぁ、なんつって・・・」
「ふうん、そうなんだ。」
「ゆ、結莉?何聞いてるの・・・?」
北村さんが俺たちの間に割って入り、南さんの進行を止める。
というか、なぜそんなに俺の好きなタイプを模索するんだ?
まさか―――
「それは、及川くんが好き―――」
なっ!?
「―――なタイプの女の子がヒロインの漫画あったらおすすめしてあげようかなと思って。」
なわけないよね。
モテないぼっちをこじらせている俺は、こういったことに敏感であるためあまり変な期待をしすぎないようにしている。
『新しい学校』ということから生じた少々の気の緩みで、北村さんのラブレターや、昨日の南さんの雰囲気には期待してしまったが。
「別に俺は自分が好きなタイプがヒロインの漫画しか読まないわけじゃないから、何でも勧めてくれたら嬉しいよ。」
「わかった。何でも勧める。」
そして北村さんが南さんに疑問を問いかけた。
「なんで今このタイミングでそんなこと聞きだそうとしてるの?というか、及川くんは私がアニメ勧めてあげるから、帰ったら漫画じゃなくてそっち観なよ。」
「真凛、今なんて言った?」
空気が変わった。殺伐とした空気に。
「聞こえなかったの?漫画よりアニメって言ったんだけど。」
「よく聞こえたよ、アニメより漫画って言ったんだよね?」
「全然聞こえてないんですけどー。漫画ばっかり読んでるから、聴力弱まっちゃ多んじゃない?」
「真凛こそアニメばっか観てるから読解能力ないんだね。」
「「ふふふふふふふふふふっ・・・」」
え?
え?なにこれ、なんか争い始まっちゃったんですけど・・・!?
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