第6話 解放

ある日の放課後、俺は学校から離れたところにある某ヲタクに優しい本屋さんに来ていた。

目的はただ一つ。大雑把に言うならば、俺の高校生活を充実させるため。

俺は立てた仮説を立証するため、同じクラスの南さんを待伏せようとしていた。

決してストーカーなどではない。

何度も言うが、目的は俺の高校生活を充実させること。

そのために必要な事の一つなのである。


俺が店内に入りかけた時、店から出てきたのは南さんだったのだ。

「「あっ。」」

お互い思わず声に出てしまう。

側から見たらほんの1秒、俺の体感では数秒の間が開いた後、俺は口を開いた。

「南さん、あの・・・」

そのときだった。南さんは全力疾走で店を飛び出し、俺の横を駆け抜けていった。

あまりにも突然の出来事に俺は一瞬何が起きたのかわからず、硬直してしまう。

「えっ?・・・あっ、ちょ、待って!」

俺は慌てて南さんを追いかける。

某レジェンドアイドルの『ちょ、待てよ。』といったモノマネもできないほど慌てていた。

運悪く南さんが渡った直後に信号が変わり、俺がその横断歩道に着く頃には信号は赤になっていた。

南さんは信号を渡った後はまっすぐ進むのではなく、すぐ左に曲がっていた。

上手く俺を撒く作戦のようだ。

信号が青になると同時に俺は駆け出す。

南さんの姿が見えなくなってから数分は過ぎているため、曲がったり直進したりを繰り返され、見つけだすのはかなり難しくなっているだろう。

だが、俺には諦める気持ちなんてさらさらなかった。

明日学校でと言っても、ぼっちでコミュ障の俺が女子に話しかけるなんてどれほどハードルの高いことだろうか。

この待ち伏せ作戦も色々と対策され、会うのすら難しくなるだろう。

要するに今を逃せば南さんに弁解するチャンスはおそらくもう訪れない。

俺は南さんが曲がった所を同じように左折した。

運良く俺はすぐ南さんを発見することが出来た。

南さんは少し離れた河川敷を走っていた。

ほどほどの距離があるが間に合うか。

いろいろ曲がられたりしたらキツそうだが、やるしかない。

俺は全力で駆けだした。


不安から1分。間に合いました。

南さんは俺のすぐ前を走っていて、少々声を張れば届く距離だ。

かなり息を切らしているのが分かる。

どうやら、南さんはあまり体力がないようだ。

本気を出せば今すぐにでも追いつけそうだが、追いついたところでかける言葉が見つからないため、少し一定の距離を取って考えながら走っている。

すると切り出したのは南さんの方った。

「はあはあ・・・、なんで、なんで追いかけてくるの・・・?」

「話したいことがあるんだ・・・!」

「べ、別に私は話すことない・・・、はあ・・・、てかなんで及川くんがあそこにいるの?」

「南さんに会いたくていろいろ考えて、それで!」

「なっ!な、何それ、きもちわるいっ・・・!」

「うっ・・・」

南さんの言葉が刺さる。

同級生が来る場所を予測して待ち伏せしてる俺は確かにめちゃくちゃ気持ち悪い。

俺たちは人気のない河川敷を走りながら、言葉のキャッチボールを続けて交わす。

「南さんは漫画が好きなの?」

「だったらなんなの?はあはあ、というか他言したら許さないから・・・。もしかして脅しに使うつもりなの?真凛みたいに。」

「するつもりもないし、北村さんに対してもしてねえよ!その誤解を解きたくて南さんと話がしたいんだ!」

「だから私は話す用無いし・・・。てか、あんな堂々と学校で漫画読んでて恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくなんてない!」

「はあはあ、ヲタクってバカにされるかもしれないのに?」

「馬鹿にされるのが嫌じゃないって言えばうそになるけど、俺は自分の好きなものに嘘をつく方がもっと嫌なんだ!」

すると南さんが急に立ち止まった。

本当にあまりにも急で、慌てて俺も足を止めるが勢い余って南さんと衝突してしまう。

そこまで強い衝突にはならなかったが、俺にぶつかられた南さんは足がもつれ、二人一緒に転倒。

勢いそのまま俺は南さんの前方へ仰向けに倒れる形となり、地面と南さんに挟まれた。

要するに今、俺の上に同級生の女の子が乗っているという状態。

万年ぼっちの俺は、異性に触れるどころかこんなに密着することなんて経験してない。

俺の心臓はランニングによってもたらされた鼓動の早まり以上に脈を打っていた。

この状況に浸るよりもまず謝罪が先だ。

「だ、大丈夫?南さん?ごめん、勢い余って・・・」

「いててて・・・、大丈夫。ごめんね、私も急に止まっちゃたから。」

怪我はなさそうで良かった。俺がクッションの役割を担ったのだろう。

少し背中に擦りむいたような痛みが走っていたが、女子に怪我をさせるわけにはいかない。

「大丈夫なら良かった。・・・それはそうと南さん、そろそろどいてもらっても・・・」

「え?ひゃ!ご、ごめん!びっくりして全然意識してなかったや・・・」

すぐどいてくれるかと思っていたのだが、南さんは俺の上にしばらく居座っていた。

嫌な事ではないしむしろ喜ばしいことなのだが、これ以上は俺の心臓が持ちそうになかった。


追いかけっこは終わり、少し離れた距離で俺たちは川の方向に体を向け体育座りをしていた。

事故とはいえ、あんなにお互いの体を密着させた後なので少々の気まずさがあったが、俺は話を切り出した。

「南さん、話を聞いてほしい。」

「話って、真凛のこと?」

「ああ、そうだ。」

俺は南さんの誤解を解くために今ここにいる。

「北村さんを脅してるってのは―――」

「私の勘違い、でしょ?」

「え?」

「薄々勘づいてたんだ、ホントは。」

「じゃあ、なんで俺から避けてたんだ?」

「・・・言いたくない。」

誤解は解けかかっていたというのに俺を避けてた理由ってなんだ?

しかもその理由は当の本人に言えないこと。

となると当てはまる理由は一つなわけで。

「はっ!嫌いなの?!俺のこと!」

「べ、別にそんなんじゃない!初めて及川くんにあった日は嫌いだったけど。」

「へ、なんで。」

俺の心が若干傷つく。

「友達を脅してる人なんか嫌いになるに決まってるでしょ。」

「ま、まあ、それもそうか。」

確かに自分へ置き換えてみても、友人をいじめたり、脅してたりするような奴なんて嫌いになるに決まっている。

まあ、友人なんて居たことないけど。

「でもそれは勘違いだったってのはすぐに勘づいて、及川くんってどんな人なのかを自分の目で確かめることにしたんだ。」

「よく勘づいてくれたな。」

「まあ真凛、結構天然でああいう話し方すること珍しくないから。」

「それなっ!なんで無かったことをさもあったかのように話せるんだか。」

「うふふ、そうだね。でもね、勘違いの原因を作ったのは真凛だけど、それを勘違いだって気づけるきっかけを作ってくれたのも真凛なんだ。」

「どういうことだ?」

「これ。」

そう言うと南さんはスマホを取り出し、画面を見せてくれた。

「これって・・・」

「私と真凛のトーク履歴。毎日毎日、『及川くんは悪い人じゃないよ』って意味合いのメッセージくれてたんだ。」

「北村さん・・・。」

北村さんがそんなことをしてるなんてことは全く知らなかった。

見えないところで説得してくれてたんだな。

後でお礼を言っておこう。

「真凛がこれだけ言う人なら悪い人じゃないんだなって。さらに私の誤解を解くきっかけになったのは、及川くんの漫画を読む姿なんだ。」

「え、なにそれ。」

「なにそれって?」

「いやいやいや、漫画読んでた姿を見て誤解解けたって意味わからないだろ。」

「た、確かに・・・。でもなんか漫画を読んでるときの及川くんの表情がなんていうか、上手く言葉にできないんだけど、この人は悪い人じゃないってのが伝わってきて。」

考えても答えが出なさそうだったので、とりあえず適当に流す。

「よくわからないけど、それでいい方向に進んだのならよかったよ。」

すると南さんの表情が少し変わった。

「よくわからなくない。漫画を読んでる時って人の本性が出るんだよ!」

「へ?」

「漫画の読み方、読んでる時の姿勢や表情、読み終わった漫画の置き方や閉じ方に人の個性が出るんだよ?!」

「へ、へえ、そうなんだぁー。」

どうやら変なスイッチを入れてしまったようで、凄い早口で語られてしまった。

南さんも北村さん同様ヲタクだ、これ。

「あっ、ご、ごめん。変なスイッチ入っちゃうと、止まらなくなる時があって・・・」

「いや別に気にしないで。謝ることじゃない。」

「そう言ってもらえると助かる。でね、私が及川くんを避けてた理由がまさにこれなんだ・・・。」

「これって?」

南さんは体育座りしていた脚を体に引き寄せ、膝に顔をうずめるような姿勢になって言った。

「及川くんと話すと話が止まらなくなりそうで・・・。ヲタクってこと隠してるし。」

そういうことだったのか。

確かにこの暴走っぷりを見ると、話し始めてしまえばヲタバレは不可避に思える。

ただそこで俺の中に一つの疑問が生まれた。

「南さんが俺に近づかないのは分かるとして、北村さんも俺から遠ざけてたのはなんでなんだ?」

「うっ、それは・・・、あの時すごい勢いで『真凛に近づけさせない』って言った手前、どうすればいいのかわからなくなっちゃって・・・、ごめん。」

「いや、謝らなくていいから。」

南さんは友達を守ろうとしたがゆえの行動だったのだ。

勢い余った行動の後、どうすればいいのかわからなくなる時の気持ちはすごくわかる。

あの時もそうだった。

「あ、ありがと・・・。でね、今日まで及川くんを疑ってた気持ちはまだ少しあったんだけど。」

「ま、まだ疑われたの、俺。」

「うん、疑われてた。ほんの数分前まで。」

「数分前?」

「及川くんの言葉を聞いた時、この人は大丈夫って思ったんだ。」

「俺の言葉?」

「うん。『自分の好きなものに嘘をつくのが嫌』。これ私のモットーにする。決めた。」

「いや、モットーにまでされると小恥ずかしいんですけど・・・。」

「いやだ。もう決めたから。私のモットーは『自分の好きなものに噓をつかない』です。」

「気に入ってもらえたならよかったけど・・・」

何気なく言った俺の言葉だったが、南さんの嬉しそうな表情を見てこちらも嬉しくなる。

「気に入った。ありがとう及川くん。私もう好きなことに嘘つかないよ。ヲタクは隠すけど。」

「それは隠すんだ。」

「隠すのは嘘ついてることにならないから。」

「まあ確かに。嘘はついてないな。」

「そう、だからいいの。でね、及川くんに一つ話があるんだけど。」

そよ風が吹き始める。満開の桜から零れ落ちた花びらを乗せて。

南さんはその風で少し乱れた髪を耳にかけこちらを見て微笑む。

え、何この雰囲気。

話ってまさか、告白?

落ちつけ俺。動揺してることを悟られるな。いつも通りだ。

「は、話?なんだ?」

少々声が裏返ったが良し!

俺は南さんの言葉を待つ。

そして南さんは口を開き―――


「及川くん、私ね―――『創作物研究同好会』に入りたい。」

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