第55話 私は茜さんのこと好きだ

 時刻は二時。

 まだまだ遊べる。


「あの~茜さん」

「どうしました密樹先輩。なにかありました。もしかしてお手洗いですか。それなら遠慮なく行ってきてください。あたし、ここで待ってますから」

「いや、違うんだ。もちろん、そのお気遣いは嬉しいんだが、その……」


 園内を歩きながら密樹が茜に話しかけるものの、なんだか歯切れが悪い。

 茜はすぐにトイレだと推察するが、残念ながら外れてしまった。


 茜の気遣いには喜ぶ密樹だったが、依然として歯切れが悪い。


「……今日だけで良いんだ、今日だけ。今日だけ手を繋いで歩いてくれないか。付き合う前にお互いの肌を確認するのは大事だろ」

「……はい、良いですよ。手を繋ぎましょう」


 密樹はどうしても茜と手を繋ぎたかったらしく、いろんな言いわけを言いながらお願いをする。


 茜は少しだけ迷った後、密樹のお願いを了承する。

 理由としては別に密樹のことは嫌いではなかったし、触れ合うことでもっとお互いのことを知れると思ったからである。


 それと、少しだけ寂しさを紛らわせたかったのも事実だ。


 昨日早苗に嫌われて、茜は人肌恋しかった。


「あ、ありがとう。そ、それじゃー繋ぐよ」

「はい」


 密樹は今まで見たこともないぐらい緊張しながら茜の手を握る。

 緊張しすぎて密樹は特に意識していないと思うが、いきなり指と指を絡め合う恋人繋ぎだった。


「ごめん。今、凄く緊張してて手汗がひどい」

「別にあたしは手汗なんて気にしませんよ。あたしも手汗とかかくので」

「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。私も茜さんの手汗なんて全く気にしないから安心してくれ。……むしろ茜さんの手汗を感じたい」


 密樹の言う通り、茜と手を繋いで緊張しているのか手汗がヤバかった。


 でも茜は全く不快とは思っていなかった。


 むしろ、自分の手汗で相手を不快にさせてしまうのではないかと心配しているぐらいだった。


 密樹が最後の方、なにか言ったような気がするが気のせいだろうか。


 その後、二人は手を繋ぎながら園内を歩き、アトラクションに乗っていたらもう五時になっていた。


「もう五時ですね。そろそろ帰る時間ですね」

「そうだな。だから最後に乗りたいアトラクションがあるんだが良いかな?」

「はい、もちろん良いですよ」


 六月ということもあり、まだ空は明るいがもう五時である。


 そろそろ帰って夕飯を作らないといけない時間である。


 密樹は最後に乗りたいアトラクションがあるらしく、茜を誘う。


 もちろん、反対する理由なんて茜にはないので二つ返事で了承する。


 そして密樹が向かったアトラクションは定番中の定番、観覧車だった。


「うふふ、初々しいわね」


 手を繋ぎながら観覧車に乗り込んだ茜と密樹を見て、係員が微笑ましそうな表情を浮かべていた。


 きっと茜たちをカップルだと思ったのだろう。


 厳密に言えば、茜と密樹はカップルではないのだがそんな訂正はしなくて良いだろう。


 二人は観覧車に乗り込んだ後、手を離し対面に座る。


「今日は私に付き合ってくれてありがとう。とても楽しい一日だった」

「こちらこそありがとうございます。あたしも密樹先輩とお出かけできてとても嬉しかったです」


 観覧車は二人を乗せてゆっくりと上昇する。

 密樹は今日一緒に出かけてくれたことを感謝し、茜は誘ってくれたことを感謝する。


「今日茜さんとお出かけして改めて分かったんだが、やっぱり茜さんと一緒にいると癒されるな。今日は茜さんの隣にいれて楽しかった」

「私も密樹先輩と一緒に過ごすことができてとても楽しかったです。またどっか出かけたいです」

「……またか……そう言ってもらえるのは嬉しいよ」


 密樹は観覧車の中で自分の思いを話す。


 その情熱は本物で、茜の心に響く。


 これはお世辞でもなんでもなく、また密樹と出かけたいというのは茜の本心だ。


 密樹は嬉しそうなのに寂しそうな目をしながら、小さく呟く。


 良いか悪いか分からないが、今回は密室ということもあり、密樹の呟きが聞けた。


「改めて伝えるよ。私は茜さんのこと好きだ。もちろん異性として」

「あ、ありがとうございます」


 改めて自分の思いを伝える密樹に、どう反応すれば良いのか分からない茜はとりあえずお礼を言う。


「私は本気だ。出会いは図書室での一目惚れだが茜さんを知るたびにどんどん茜さんの虜になっていった。授業中も茜さんのことを想像するだけで勉強に手がつかなくなるし、茜さんのことを考えると胸がキュンキュンしてしまう。それぐらい私は茜さんにゾッコンなんだ」


 密樹は恥ずかしがることなく、茜に本気の思いを伝える。


 顔が赤いのは気づかないフリをしておこう。

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