前のエピソード――第55話　私は茜さんのこと好きだ

「だから一つだけ聞きたいことがあるんだが、良いかな」

「はい、別に良いですけど」

　密樹は畏まった表情で茜に話しかける。

　茜は覚悟を決めながら、頷く。

「これはあくまでも噂だが、昨日茜さんと武田さんが喧嘩したって本当なのか？」

「っ……はい、ちょっと喧嘩しました」

「そっか。だから今日の茜さんはいつもより元気がなかったんだな。上の空でいることも多かったし暗い顔も多かった」

「すみません。せっかく密樹先輩に誘っていただいたのに、つまらなそうな顔ばかりしていて。不快でしたよね」

「不快ではないが心配はしたかな。やっぱり、あの噂は本当だったんだね」

　まさか三年生の密樹まで早苗との喧嘩が知られているとは思っていなかった茜は面食らった。

　密樹はやっと合点がいったのか、頷いている。

　せっかくお出かけに誘っていただいたのに、密樹を不快にさせたことを謝る茜だったが別にそこに対して怒っているわけではなく、むしろ心配してくれていた。

「それで二人はどんなことで喧嘩をしたんだい」

「それは……」

　密樹の質問に茜は口ごもり、答えることができなかった。

　それはそうだろう。

　だって、喧嘩の原因は早苗の告白が原因なのだから。

　告白を保留にさせている密樹には憚られる内容だった。

「すまない、意地悪な質問だったよね。大丈夫、噂の内容はだいたい知ってるから。武田さんが茜さんに告白したんだろ。幼馴染としてではなく、恋愛的な意味として好きだって」

「っ……」

　密樹は意地悪なことを言ったことに対し謝り、茜がそらしていた事実を突きつける。

　目をそらしていた事実をいきなり突きつけられた茜は息を呑む。

　まだその件は告白された茜もまだ完全には受け止めきれてはいなかった。

　そのせいで密樹とのお出かけの時も早苗のことを考えて上の空になっていたり暗い表情を浮かべている時もあった。

　本当に最低な行為だと茜は反省する。

　しかし、密樹はそんな茜を注意するどころが優しく心配してくれた。

　本当に密樹は優しい男の娘である。

「単刀直入に聞くけど、茜さんは武田さんのことを恋愛的な意味で好きなの？」

「……分かりません。……だから苦しいんです。だってあたしにとって早苗は幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもなくて……急に恋愛的な意味で好きだと言われてもどうしたら良いのか分からなくて……。早苗のことは好きです。……でもそれはきっと幼馴染としての好きだと思うんです。でも早苗は違くて。好きなのにすれ違って、早苗に嫌われて……もうどうしたら良いのか分からないんです」

　密樹の質問に茜は答えることができなかった。

　早苗のことは好きだ。

　これは間違いない。

　でも茜と早苗の好きは違う。

　恋愛と友愛。

　どこですれ違ってしまったのだろう。

　どこで間違えてしまったのだろう。

　早苗が幼馴染として好きなままだったら、茜も早苗のことを幼馴染として好きなままでいられたのに。

「ならこの先、私と武田さん、どっちの隣にいたい」

「えっ……」

　密樹の予想外の質問に茜は戸惑いの表情を浮かべる。

　日本語で言われているのに、意味が分からなかった。

「それ、どういう意味ですか？」

「そのままの意味だよ。もしこの先私の隣にいたいか、武田さんの隣にいたいか。茜さんはどっちの隣にいたい？」

　密樹の言っていることを理解できなかった茜は、密樹に聞き返すと密樹はもっと具体的に質問をする。

　この先、早苗の隣にいたいか、それとも密樹の隣にいたいか。

　そんなの決まってる。

「あたしは早苗の隣にも密樹先輩の隣にもいたいです。このまま友達としてはダメなんですか」

「ダメなんだよ茜さん。だって私と武田さんは茜さんに恋をしてるから、もう友達の関係では満足できないんだ。それに二人とも茜さんの彼氏にはなれないし、それは私が嫌だ。私は茜さんの彼氏になりたい。彼氏になって私は茜さんと一緒にこれからの人生を歩んで行きたし、二人で幸せになりたいし、……茜さんとの子供もほしい。私は茜さんと友達以上の関係になりたいんだ」

　早苗のことも密樹のことも好きな茜は、二人の隣にいたいということを伝えるが密樹に否定されてしまう。

　密樹の話を聞いて、密樹が本気で茜の彼氏になりたいことが伝わってくる。

　でなかったらこんなにも心に響かないだろう。

「……」

　密樹の本気に圧倒され、なにも言葉が出なかった茜。