第53話 すみません、また早苗の話をしてしまって
「すまない、気を使わせてしまって。神崎さんこそ大丈夫か。なんだか急に元気がなくなったように見えるけど」
「あっ、はい。大丈夫です。全然大丈夫です。それじゃー入園しましょう」
先輩なのに後輩に気を使わせてしまったことを謝罪した密樹だったが、急に暗くなった茜を見て心配する。
さすがに昨日の早苗のことを思い出し、落ち込んでしまったとは言えず元気そうな表情を浮かべ誤魔化した。
「それなら良いが、もし体調が悪かったら言ってくれ。すぐに帰るから」
茜の体調を第一に考えてくれる密樹は、本当に心優しい先輩である。
こんな素敵な先輩がどうして自分のことを好きになったのか不思議である。
その後、二人はフリーパスを買い、入園する。
「どこから回ろうか」
「そうですね。飯島先輩はなにが好きなんですか?」
「私はジェットコースターとか好きだな」
「それじゃーそれにしましょう。私もジェットコースターが好きなので」
「神崎さんもそれで良いならそこに向かおう」
二人で相談しながら乗るアトラクションを決める二人。
茜が密樹の好き嫌いが分からないように、密樹も茜の好き嫌いが分からない。
お互い手探りでそれを知っていく姿はまさに付き合いたてのカップルのようだった。
「もしなにかダメなものがあったら言ってほしい。私はまだ神崎さんのことを知らないから。だからこそ少しずつ知っていきたいと思ってる」
「ありがとうございます。私も飯島先輩のことあまり知らないので、少しずつ知って行きたいです」
密樹は茜が不愉快にならないように気を遣う。
本当に優しい先輩である。
だから学校一人気の生徒会長なのだろう。
自分にはもったいないぐらいの彼氏である。
そんな会話をしていると、ふと早苗のことを思い出す。
今ではこんな会話、早苗とはしたことがない。
それぐらい、お互いのことを知っている証拠でもあり、密樹とこの会話はなんだか新鮮で楽しかった。
「……一時間待ちですね」
「……そうだな。やはり休日は混み合うな。神崎さんは一時間待ってられるか」
「はい。あたしは全然大丈夫ですよ。それにどこのアトラクションでも多分これぐらいは待ちますし」
「そうだな。それじゃー一時間待つとしよう」
当たり前だが今日は休日だ。
つまり、家族連れやカップル、友達連れなどたくさんの人がこの遊園地に来園している。
もちろん、お盆休みやクリスマスほどではないがそれなりに混んでいる。
待ち時間でさえ茜のことを気遣ってくれる密樹は、本当に優しい男の娘だ。
その後、二人で雑談をしながら列に並ぶ。
最初、一時間も待つからかなり長いなと思っていたが密樹との話が盛り上がり、体感的にはあっという間に一時間が過ぎていた。
密樹の話は面白く、茜も今だけは早苗とのギスギスを忘れることができた。
「いよいよ次だな」
「はい。でも飯島先輩との話が面白かったので結構あっという間でした」
「それは嬉しいよ。それで神崎さん、いや茜さん。今日は名前呼びで呼び合わないか。その……今日だけは茜さんと呼びたいんだ。……ダメかな」
乗る直前になった時、密樹が名前呼びの提案をし出す。
密樹的にはかなり勇気を振り絞ったのだろう。
茜にもその緊張が伝わって来た。
「良いですよ。それじゃーあたしも密樹先輩と呼んで良いですか」
「もちろんだとも。密樹先輩、なんか良いな……」
あまり親しくない人から名前呼びをされたくないとは茜は思っていないので、密樹が名前呼びをしたいならそれに反対する理由がなかった。
それに最近、苗字呼びは距離が遠くて寂しいと思っていた。
だから、密樹のこの提案は茜からしても嬉しい提案だった。
茜に名前呼びをされた密樹は本当に嬉しそうに、頬を赤く染める。
その後、ジェットコースターに乗った二人は係委員に安全ベルトを確認され、ジェットコースターが発進する。
「あたし、ジェットコースターは好きなんですけど。この上ってる時っていつも緊張するんですよ」
「分かる。落ちるまでなぜか緊張するんだよね」
「ですです。それなのに早苗に言うと、『えっ、上ってる時も楽しいじゃん』って言われるんですよ。……あっ、すみません、また早苗の話をしてしまって」
「別に大丈夫だよ。それだけ茜さんは武田さんと仲が良いってことだし」
茜たちを乗せたジェットコースターがゆっくりと上っていく。
ここの心情の話をすると密樹も茜と同じ側の人間だったらしく、意気投合する。
それが嬉しくて茜は思わず早苗のことまでも話してしまう。
しかし途中で密樹に早苗の話題は禁句だと思い謝罪する。
さすがに自分が好きな人の前で、カップルのように仲の良い早苗の話をされて良い気分な人はいないだろう。
密樹は特に嫌そうな表情はしていなかったが、いつもより言葉が硬かった。
その後、二人で絶叫しながらジェッタコースターを乗り、楽しんだ。
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