第49話 待ちなさい早苗

「どう、少しは落ち着いた」

「……うん、ありがとうミチルちゃん。それとごめんね、制服汚しちゃって」

「まっ、しょうがないでしょ。全然気にしなくて良いから」


 少し落ち着いた早苗に向かって、ミチルが優しく声をかける。

 泣いてスッキリした早苗は、慰めてくれたミチルにお礼を言い、涙や鼻水で制服を汚してしまったことを謝罪する。


 ミチルは気にしていないらしく、怒ってはおらず、むしろスッキリした早苗の表情を見て安堵していた。


「ありがとうミチルちゃん。ミチルちゃんのおかげで本当の気持ちに気づけたよ」

「どういたしまして。まっ、気づいていないのは早苗と茜だけだっと思うけど」

「えっ、茜ちゃんも私のこと恋愛的な意味で好きなの?」

「十中八九そうでしょ。だから茜が飯島先輩の告白を悩んでいるのは意外だったけど」


 ミチルのおかげで初めて自分の本当の思いに気づくことができた。


 それに加え、茜も早苗のことを恋愛的な意味で好きだったとは思っていなかった。


 ずっと、自分たちは幼馴染として好きだと思っていた。


 でも違った。


 もし、幼馴染として好きなら茜と密樹が付き合うことにモヤモヤしないし嫉妬もしないからである。


「でも茜ちゃん。飯島先輩の告白に結構悩んでいるよ」

「それなんだよね~。だから茜には聞かれたくなかったの。もしかして茜はまだ早苗のことを恋愛的な意味で好きだということに気づいていないのかもね」


 もし茜が早苗のことを恋愛的な意味で好きなら迷う必要はない。


 密樹には悪いが、断れば良いだけの話である。


 でも断らず密樹の告白の返事に悩んでいるということは、早苗のことを恋愛的に好きだと気づいていない可能性が高い。


「早苗もだけど、お互い近くにいすぎるからこそ逆に気づかないのかも。お互い、相手が隣にいるのが当たり前だから」

「確かに……飯島先輩が茜ちゃんに告白するまで茜ちゃんの隣にいるのが当たり前で、私も気づかなかった」


 生まれてからずっと早苗は茜の隣にいた。


 それが当たり前だったからだ。


 ミチルの言う通り、早苗と茜はあまりにも近すぎた。


 だからこそ、見えていなかった。


 茜の隣にいることは、もはや当たり前でこれからもずっと茜の隣に無条件でいられると思っていた。


 でもそれは違っていた。

 早苗と茜はただの幼馴染だ。


 もし、早苗か茜に彼女、もしくは彼氏ができたら自然と彼女や彼氏と過ごす時間は増えていく。


 もちろん、ゼロではないがその分、お互いが一緒にいられる時間は減ってしまう。


 それに学校にいるカップルを見れば、好きな人に抱き着くのは彼氏、彼女の特権だ。


 もし茜に彼氏ができたら、早苗はもう茜に抱き着いてスキンシップを取ることができなくなるだろう。


 それは寂しい。


「それにカップルでもないのにあんなに『好き』とか言ってて恥ずかしい」

「いや~別に恥ずかしくはないと思うよ。二人ともラブラブで可愛かったしあたし的には微笑ましかったよ」


 茜のことを恋愛対象として意識すると今までの言動が急に恥ずかしいものに見える。


 あんなにみんなの前で『好き』とか言っちゃって、ただのバカップルである。

 赤面している早苗の横で、ミチルはラブラブな二人を思い出しニヤニヤしていた。


「茜ちゃんには応援してるって言ったけど、やっぱり茜ちゃんと飯島先輩が付き合うのは嫌だ」

「まっ、恋心に気づいたらそう思うよね」

「自分でも凄いわがままを言っていることは分かってる。もし茜ちゃんが飯島先輩と付き合いたいなら……我慢する。でも私は飯島先輩に茜ちゃんを取られたくないっ」

「早苗、ちょっとヒートアップしすぎ。少し落ち着こう」


 どうして早く自分の気持ちに気づかなかったのだろう。


 もし気づいてたら、密樹に告白される前に茜に告白していたし、モヤモヤしたり密樹に嫉妬することなんてなかった。


 もちろん、密樹は素敵な男の娘である。


 でも、茜だけは取られたくない。


 だって茜のことが好きだから。


 ミチルが横で早苗を落ち着かせようとしているが、茜のことを恋愛的な意味で好きだと自覚した早苗には聞こえていなかった。


 まさに恋は盲目だった。


「私、茜ちゃんに自分の思いを伝えてくるよ」

「ちょっと待ちなさい早苗。さすがに今はダメよ。まだ飯島先輩に返事してないんだから……って行っちゃった。待ちなさい早苗」


 茜を密樹に取られたくなかった早苗は茜に自分の本当の思いを伝えるべく、走り出した。


 ミチルは慌てて早苗を止めようとするものの、早苗は聞く耳を持たずに行ってしまった。


 ミチルも早苗を追いかけるが、追いつくことができなかった。

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