第50話 ……意味、分からないよ

「茜ちゃんっ」

「早苗、どうしたの、そんなに息を切らして」


 廊下は走ってはいけないという校則はあるが、今は緊急事態のため早苗は無視した。


 息を切らしながら教室に入ってくる早苗に、茜は驚きつつもどうしてそんなに息を切らしながら教室に戻って来たのか分からず首を傾げる。


「あれ、ミチルは一緒じゃないのかな」


 早苗と一緒に屋上に行ったミチルが戻ってこないことに、渚は一人首を傾げる。


「茜ちゃん、好きです。私と付き合ってください」

「……えっ……ちょっと待って。あたし、全然話がついていけないんだけど。どうしたの、早苗」


 早苗は心の赴くまま茜に自分の思いを伝える。

 いきなり告白された茜は状況が理解できず、呆然としている。


「……遅かったか」

「これは一体どういうことだいミチル。どうして早苗は急に茜に告白してるんだい。全然脈絡がないんだけど……いや、なんとなくは分かるんだけどね」

「実は――」


 少し遅れて教室に戻って来たミチルは、早苗の告白を聞き頭を抱える。

 そんなミチルに彼女の渚は、事情を知っているミチルにこうなった経緯を聞く。


「なるほど……。早苗が自分の本当の思いに気づいたのは良いことだと思うけど……これは……」

「……だから止めようと走って戻って来たんだけど、早苗って一度決めるとすぐに行動するから……それが良いところでもあるんだけど、今回は……ねっ」


 事情を聞いた渚と事情を話したミチルは、お互い頭を抱える。


「私、茜ちゃんのことが好きなのっ」

「うん、知ってるよ。あたしも早苗のことが好きだし」

「違うの。私が言ってるのはそういう意味じゃなくて、恋愛的な意味で好きなの。私は恋愛的な意味で茜ちゃんのことが好き」


 呆然としている茜に再度、早苗は自分の思いを伝える。


 茜は素直に早苗の好意を受け取るものの、伝えたかったのはそういうことではない。


 茜はまだ早苗の『好き』を幼馴染としての『好き』だと思い受け取っている。


 だから、早苗はその勘違いを是正するために『恋愛的な意味』ということを茜に伝える。


「えっ……ちょっと待って……どうしたの早苗。あたしたち幼馴染でしょ」

「幼馴染だよ。もちろん茜ちゃんのこと幼馴染としても好きだよ。でも私、気づいたの。茜ちゃんのこと幼馴染としてだけではなく、恋愛的な意味でも好きなんだって。女の子として好きなんだって。だから茜ちゃんが飯島先輩と一緒にいるとモヤモヤしたり心が苦しかったんだって。私、飯島先輩に嫉妬してたんだ」


 茜の言う通り、早苗と茜は幼馴染だ。


 その関係は一生変わらない。


 もちろん、早苗も茜のことを幼馴染としても好きである。


 でもそれと同時に早苗は茜のことを、恋愛的な意味、つまり異性として好きだったのだ。


「私はこれからも茜ちゃんの隣にいたいし、誰にも茜ちゃんを取られたくない。だから私と付き合ってほしい」


 早苗は自分の思いを全て茜に伝える。


 そしてこの時、早苗は自分の思いを一方的に伝えているということに気づいていなかった。


「……意味、分からないよ」


 茜の口から出てきた言葉は拒絶だった。

 予想外の言葉に早苗は思考が止まる。


「「……っ……」」


 近くで早苗と茜のやり取りを聞いていたミチルと渚も、この返答には息を呑む。


「なんでっ。どうして分からないのっ」

「分からないよ。いきなり早苗に告白されて、分からないよ。どうしたのっ。あたしたち幼馴染でしょ」

「そうだよ。幼馴染だよ。だからだよ。近くにいすぎたからこそ私は茜ちゃんの本当の気持ちに気づけなかった。でもミチルちゃんに相談して、私の思いが恋愛的な意味での好きだと気づいたの」

「それが分からないの。どうしてそれで恋愛的な意味になるの。幼馴染としてじゃダメなの?」

「ダメじゃなく嫌なの。私はずっと茜ちゃんと一緒にいたい。茜ちゃんの隣にいたいの」

「別にそれは幼馴染でもいれるでしょ。別に付き合わなくたって問題ないでしょ。あたしは早苗のことが好きだし、早苗もあたしのことが好きだし。全然問題んないじゃん。それにあたしは早苗のこと恋愛的な意味で好きになったことないし」


 こんなに感情的な茜は久しぶりだった。


 いつもは冷静で大人な茜も、感情が高ぶる時ぐらいある。


 それが今だった。


 クラスで言い合う早苗と茜。


 学校で喧嘩したのは初めてということもあり、クラスメイトたちは全員早苗と茜に注目をしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る