第48話 ……あれ、涙が、なんで。止まらない。……止まらないよ

「それじゃー茜、早苗借りて行くから」

「ミチルちゃんと腹を割って話してくるよ」


 昼休みになりお昼を食べ終えた後、ミチルと早苗は早苗の悩み相談をするために茜たちと教室で別れる。


「うん、大丈夫」

「いってらっしゃい」


 茜と渚に見送られながら、早苗とミチルは人が少ない場所、屋上へと向かう。

 春や秋はお昼ご飯を食べるのに絶好のスポットなのだが、この時期は雨が多いということもあり、あまり人気がない。


 今日も雨が降り出しそうなぐらい厚い雲に覆われているので、屋上には誰も生徒はいなかった。


「ジメジメして嫌よね、この季節って」

「分かる。しかも地味に暑いし汗もかくし最悪」


 屋上に上がったミチルと早苗は、厚い雲に覆われた空を見ながら愚痴を吐く。


「とりあえずそこのベンチにでも座りましょうか」

「そうだね。立ちっぱなしは疲れるしね」


 ミチルの提案に早苗も賛成し、屋上に設置されているベンチに座る。


 ずっと立ちっぱなしだと足が疲れてしまう。


 隣に座ってくるミチルから、トリートメントの良い匂いが早苗の鼻腔をくすぐる。


「それで単刀直入に聞くけど、早苗はなにに悩んでいるの」

「実は――」


 ミチルは茶化すことなく真面目な表情で早苗の悩み相談に乗る。

 ミチルは信頼できる友達の一人なので、早苗は今悩んでいることを包み隠さず、相談する。


 ミチルは早苗が最後まで話し終えるまで、一切早苗の話を遮ることなく最後まで聞いてくれた。


「はぁ~」


 ミチルの第一声は大きなため息だった。

 これには早苗も意味が分からず、イラっとしてしまう。


「ミチルちゃん。私は真剣に悩んでいるんだよ」

「ごめんごめん。早苗は本気で悩んでるんだもんね」


 大きなため息を吐かれた早苗は、思わず強い口調になる。

 さすがにそれは失礼だと気づいたミチルは早苗に平謝りをする。


「そうだよっ。最近ずっとモヤモヤしたり胸が苦しくなったり、胸が痛くなったりして大変なんだから。もしかして病気かな~」

「断言できるけどそれは病気じゃないから。いや、待てよ。ある意味病気かも」

「えっ、病気っ。それならすぐに病院に行った方が良いよねっ」

「待って早苗。病気だけど病院に行っても治らない病気だから」


 早苗は病気かもしれないと心配するが、ミチルはキッパリとそれを否定する。


 つまり、ミチルはこの原因がなんなのか分かっている。


 でなければ、キッパリと断言できるわけがない。


 しかし、病気かもしれないとミチルに言われた早苗はまた怖くなり病院に行こうとするが、ミチルに引きとめられてしまう。


 病気なのに病院では治せない病気って、なんかのとんちだろうか。


「全然分からないんだけど。病気なのに病院に行っても治らない病気ってどういう意味?」


 考えても分からない早苗はミチルに答えを求める。


「いい早苗。落ち着いて聞いてちょうだい」


 ミチルは真剣な表情で早苗に話しかける。

 その迫力に圧倒された早苗は思わず生唾を飲み込む。


 ミチルは早苗を落ち着かせるために、一拍置いてから早苗に衝撃の事実を伝える。


「早苗のそれはズバリ、嫉妬だよ。早苗は飯島先輩に嫉妬してるの。別の言い方をすると焼きもちを妬いてるの」

「……しっと……やきもち……」


 予想外の答えに早苗は上手く脳でミチルが言ったことを処理できなかった。


「そう。早苗は嫉妬しているの。だから茜と飯島先輩が話しているのを見るとモヤモヤしたり、胸が苦しくなったり痛くなったりするよ」


 ミチルは早苗のことを思い、あえてもう一度真実を叩きつける。


「嫉妬なんてしてないよ。だって私、二人の恋を応援してるから……あれ、涙が、なんで。止まらない。……止まらないよ」


 茜が幸せなら、それで良いと思っていた。

 だけど茜がどんどん密樹と仲良くなるたびに、早苗の心は荒んでいった。


 自分がだんだん除け者にされているようで嫌だった。


 もちろん茜も密樹も早苗のことを除け者だとは一度も思ったことがないだろう。


 だけどもう限界だった。


 自分だけを見てほしい。


 自分の隣にずっといてほしい。


 自分に一番、笑顔を向けてほしい。


 その瞬間、早苗は本当の気持ちに気づいた。


「……私……茜ちゃんのことが好きなんだ。幼馴染としてではなく恋愛的な意味で」

「そうだよ早苗。早苗はずっと前から茜のことが好きだったんだよ」


 ずっと前から好きだったのだ。


 早苗は、茜を。


 恋愛的な意味で。


 泣きじゃくる早苗を制服が汚れることもいとわずに、抱きしめるミチル。


 その優しさと温かさが、唯一の救いだった。


 その後、どのくらい泣いていたのだろう。

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