第43話 誰にも言わないから

 茜が密樹から告白されて数日が経った。


 あの後も密樹は積極的に茜と親交を深め、茜も少しずつ密樹と親交を深めていた。


 今では早苗抜きで話すことも増えてきて、着実に仲良くなっていた。

 会話している二人はとても楽しそうで、早苗が入り込むスペースは一ミリもなかった。


 そんなある日。


 久しぶりに早苗は茜の家にお邪魔していた。

 夕飯を茜の家で食べ、皿洗いをおえた後、早苗と茜はリビングでくつろいでいた。


「早苗、最近元気がないようだけどなんかあった?」


 早苗の隣に座った茜は心配そうな表情を浮かべて、茜の顔を覗き込む。


「ううん、なにもないよ。それに普通に元気だし」


 茜に自分の気持ちがバレたくなかった早苗はわざと平気な顔をして誤魔化す。

 茜と密樹が仲良さそうに話しているのを見るのが嫌だなんて、そんなこと口が裂けても言えない。


「嘘。明らかに元気がない」


 しかし幼馴染の茜はすぐに早苗の嘘を見破る。


 幼馴染だからこそ、些細な変化にも気づく。


 普段ならそれは良いことなのだが、今回は気づいてほしくはなかった。


「別に茜ちゃんには関係ないでしょ」


 本当のことを知られたくなかった早苗は、わざと茜を突き放すようなことを言う。


「関係なくはないよ。だってあたしたち幼馴染でしょ。大切な幼馴染が元気なかったら普通心配するよ。早苗だってあたしが元気なかったら心配するでしょ」

「……それは心配するけど……」


 茜は本気で早苗のことを心配しているらしく、早苗の目を見て真剣に話しかける。

 茜が本気で早苗のことを心配していることは痛いほど伝わってくる。


 もし、これが逆だったら早苗も茜と同じ行動を取っていただろう。


 図星だった早苗は茜から視線を逸らす。


「疲れているなら甘い物でも食べようか。今日飯島先輩にクッキーもらったんだ。しかも手作りだって。今用意するからちょっと待ってて」


 早苗が元気がないのは疲れているからだと茜は予想する。

 今日、密樹から手作りクッキーをもらったらしく、声を弾ませながら用意を始める。


 もう二人が手作りの物を送り合う関係になっていたことに早苗は驚きを通り越してショックを受ける。


「それは茜ちゃんに上げた物なんじゃないの。私が食べて良いの」

「二人で食べてって飯島先輩も言ってたし食べて良いと思うよ。それに飯島先輩も早苗のこと気にかけていたし。飯島先輩も最近早苗が元気ないことを心配してたよ」


 密樹は茜のことが好きだ。


 だからこの手作りクッキーは茜のために作って来たのだろう。


 しかし、早苗の予想とは裏腹に密樹は早苗と茜のためにこのクッキーを作ったらしい。


「どうして私まで」

「う~ん、それは言ってないけどきっと早苗が元気なかったからだと思う。飯島先輩も早苗のこと心配してたし」


 茜には早苗と茜のために作って来てくれたと言っていたが、それでも早苗には疑問が残る。

 密樹が仲良くなりたいのは茜であり、茜と仲良くしたいないら別に早苗まで仲良くなる必要はない。


 なぜ早苗にもクッキーを上げたのか密樹は明言していないものの、密樹も元気のない早苗を心配しているらしい。


 その後、麦茶と密樹が作ったクッキーをテーブルの上に広げた後、密樹が作ったクッキーを食べる。


「うん、おいしいね。バター風味で生地もしっとりしてるし」


 密樹の手作りクッキーを食べた茜はほっぺが落ちそうなほど蕩けた表情を浮かべている。


 お菓子作りは料理作りよりも、分量や温度がシビアである。

 少しでも分量を間違えたり、温度を間違えたりすると風味が格段に落ちてしまう。


 つまり密樹が普段からお菓子を作っていることが分かる。


「……うん、おいしい」


 早苗も密樹の手作りクッキーを食べる。


 お店で売られていても分からないぐらい、密樹のクッキーはおいしかった。


 それと同時に複雑な気持ちになる。


 本人には直接言っていないが、早苗は密樹のことをどうしても好きにはなれない。


 それにも関わらず密樹は早苗にも優しくしてくれる。


 それが嬉しくて苦痛だった。


「どうしたの早苗」


 早苗を見た茜が心配し、焦った声を出す。


「急に泣き出して。やっぱりなにかあったの。もし辛いならあたしに話して。話すだけでも楽になるし、誰にも言わないから」


 茜に指摘され初めて自分が泣いていることに気づいた。


 なぜ泣いているのかは自分でも分からない。


 まるでダムが決壊するように涙があふれ出して止まらない。


 そんな早苗を茜は優しく背中をさすってくれる。

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