第42話 ……最近、武田さん、元気ないよね
「意外です。飯島先輩って注目されることには慣れていると思ってました」
「確かに注目されることには慣れているが、誰に告白した、とかそういうのをみんなに知られるのは私も恥ずかしいよ」
茜は密樹が恥ずかしがっていることが予想外だったようで、驚いている。
それは早苗も同じで、てっきり密樹はこういうことに慣れていると思っていた。
逆に密樹は茜に意外だと言われたことが予想外だったらしく、少し困惑していた。
「二人はまだ付き合っていないんですよね」
その時、野次馬の一人が密樹に話しかける。
「そうだな。今は神崎さんの答え待ちだな。でも私は本気で神崎さんと付き合いたいと思っている。だから良い返事が聞けることを期待している」
密樹は本気で茜のことを好きらしく、なにも包み隠さずに茜に好意を伝える。
それを聞いた野次馬たちが一斉に甲高い声を出して騒ぎ出す。
二人を見るとモヤモヤする早苗からすると、その黄色い歓声はただの騒音でしかなかった。
「……でも意外。それでも神崎さんと武田さんが付き合うものとばかり思ってた」
「……私も」
「……最近、武田さん、元気ないよね」
「……やっぱり好きなんじゃないの」
黄色い歓声の中に、早苗のことを心配している声も混じっていたが、あまりにも黄色い歓声が大きすぎて、その声は誰にも聞こえなかった。
「良い返事ができるか分かりませんが、飯島先輩は良い男の娘だと思います。一緒にいてとても楽しいです」
「それは良かった。私もそう言ってもらえて嬉しいよ。私も神崎さんと一緒にいると楽しいよ」
「それは嬉しいです。話してみたら思っていたよりも楽しくなかったと言われなくて」
お互いどんどん親交を深め合い、笑い合う二人。
二人が仲良くなることは良いことだと思う。
良いことだと頭では分かっているのに、心がそれを拒絶する。
二人が仲良くなるたびに、早苗はどんどん苦しくなり、モヤモヤしていく。
「早く帰って休みたいから帰ろう、茜ちゃん」
「えっ、あ、うんそうだね。帰ろうか。それでは飯島先輩さようなら」
「二人ともさようなら」
「……さようなら」
もちろん早く帰って休みたいというのは早苗の嘘だ。
これ以上、二人が楽しそうに話している姿を見ていられなかった。
茜は一瞬戸惑うものの、早苗のことが大事なので早苗のいうことを優先する。
密樹はなにか察したような表情をしていたが、なにも言わずに別れのあいさつをする。
自分にまで言われるとは思っていなかった早苗は、罰が悪い顔であいさつを返す。
昇降口で外靴に履き替え、早苗たちは帰路につく。
今週はずっと曇りか雨で、ぐずついた天気ばかりが続いている。
「どうしたの早苗。今日はいつもより力が強いけど」
「別に普通だよ」
なにもしないと茜が遠くに行ってしまうような気がして、早苗は茜の手を握る。
そのせいで、いつもより握る力が強くなってしまう。
茜はすぐにそれに気づいたが、早苗はそれを誤魔化すためにそっけない返事を返す。
茜もそれ以上は早苗に追及することなく、二人は手を繋ぎながら家に帰った。
こんなにも茜と近くにいるはずなのに、早苗の寂しさやモヤモヤや不安は全く解消されることはなかった。
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