第54話 鈴木先輩、私も限界です。助けてください

「あの、鈴木先輩」

「北野後輩」


 勇気を出して紗那に声をかけた瞬間、紗那もなにか真希に話したいことがあったらしく声がハモる。


 真希は出鼻をくじかれ、反射的に紗那から視線を逸らす。


「あっ、すみません」

「いや、あたしこそすまない」


 お互い、声がハモったせいで気まずくなり謝罪する。


 その後、十数秒の間気まずい沈黙が流れる。


 沈黙が辛い。


 真希がなにも言えずにいると、その間に覚悟を決めた紗那は一度息を吸ってから真希に話しかける。


「あたしは北野後輩と出会えたことに感謝している。おかげで毎日が楽しいよ」


 重い空気からは想像できないほど、紗那は嬉しそうな表情を浮かべている。

 いきなりべた褒めされると真希だって反応に困る。


「残念ながら北野後輩にはウザがられているようだが」

「だって本当にウザいですし」


 紗那は大仰に頭を抱えながらショックアピールをしているが、同情の余地はない。


 なぜなら本当にウザいからだ。


「先輩にここまでオブラートに包まないで言える北野後輩は凄いよ」

「褒めてくれてありがとうございます」


 もちろん、褒められていないことは分かっているが真希は紗那に皮肉を返す。


「……全く可愛げのない後輩だ」


 紗那はそんな真希に文句を垂れるものの、なんだか嬉しそうな表情を浮かべていた。


「やっぱりこういうのが良いな。あたしは北野後輩とこういう馬鹿みたいなやり取りが好きだ。だけどあたしが事故とはいえキスをしたせいで、北野後輩に気まずい思いをさせてしまった。すまない。こういう時はもっと先輩の自分がリードしたりフォローするべきだった」


 紗那は自然な流れで本題に入る。

 あの日、紗那は真希とキスをしてしまったことをずっと反省し、思い悩んでいた。


「いえ、鈴木先輩のせいではありません。事故だということは分かっています。でも忘れようと思うほど忘れられず、意識してしまうんです。私こそずっとそっけない態度を取ってすみません」


 紗那は自分が先輩だからもっと自分がリードしたりフォローしたりすれば良かったと言っているがそんなことはないと真希は思う。


 あのキスは真希を助けようとして、二人してバランスを崩したせいで紗那にはなんの落ち度もない。


 それどころか、紗那は本当に申し訳そうに謝罪もした。


 だから忘れようと真希も頑張ったのだが忘れることはできず、逆に鮮明に記憶に残ってなかなか消えてくれない。


 そのせいで、ずっと紗那に冷たい態度をしていたことを真希は謝罪した。


「鈴木先輩はちゃんと忘れてくれたのに」

「先に謝っておく。すまない。実はあたしもあのキスを忘れることはできなかった」

「えっ……だって、鈴木先輩はいつも通りだったじゃないですか」

「いつも通りに振舞っていただけだ。あたしも北野後輩を見るたびに意識していたさ。だけどあたしは先輩だからな。北野後輩に気を使わせないように意識していない振りをしていたが、限界だった」


 てっきり紗那はあのキスのことを忘れていると思っていたが、違かったらしい。

 紗那も意識していたが、先輩だから真希に気を使っていつも通りを演じていてくれていたらしい。


 本当に優しい先輩だ。


「ぷ……うふふ」


 真希は紗那も真希と同じように忘れることができず、意識していたことが分かり、安堵して思わず笑ってしまった。


 いきなり笑い出した真希を見て、紗那は呆気に取られていた。


「いきなり笑いだしてどうしたんだ? 全然ついていけないんだが」

「すみません鈴木先輩。鈴木先輩も私と同じことで悩んでいたなんて思わなくて、ホッとしたんです。あのキスを気にしてるのは私だけじゃないんだなーと分かって」


 なぜ紗那があのキスのことを意識していることが分かって安堵したのか分からない。


 ただ、意識しているのが自分だけじゃないことが分かって嬉しかったのだ。


「私、あのキスを忘れようと頑張ったんです。だけど頑張れば頑張るほど忘れられなくて、逆に意識してしまい、気まずかったです。今も意識して鈴木先輩と二人でいるのが辛いです。前はそんなこと、考えたことなかったのに。どうすればこの気持ちから解放されますか? 鈴木先輩、私も限界です。助けてください」


 真希は今までの気持ちを全て吐き出した。


 こんな弱い自分を見せたのは紗那が初めてだった。


 中学の頃までは他人なんてどうでも良い存在だった。


 だけど、紗那といるとウザいのに安心でき、本音をさらけ出すことができる。


 本当に紗那は不思議だ。


 紗那の前ではどんな自分でもさらけ出せるような気がした。

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