第53話 ちゃんと考慮するから

「これでいつもで連絡取れるね」

「そうですね。これでいつもで連絡が取り合えますね」

「……これで北野後輩といつでも連絡が取り合えるのか……楽しみだな」


 清美と麗奈は楽しそうに談笑し、紗那も嬉しそうになにか呟いている。


「これからはいつでも北野後輩と話せるな」

「そうですね……っ」


 真希と連絡先を交換して嬉しそうな紗那の表情を見て、相づちを打つ真希だったが不意に紗那の唇を見てしまい、あの時のキスを思い出す。


 キスを思い出した瞬間、また気まずさも思い出す。


 そのせいで真希は不自然に紗那から視線をそらしてしまった。

 視線をそらされた紗那もまた意識してしまい、真希から視線をそらしてしまう。


 そのことに紗那から先に視線をそらした真希は気づいていない。


「早く食べないと冷めるから食べようよ」

「そうですね。料理は熱々が一番おいしいですもんね」


 二人の空気を察した清美と麗奈はわざと明るく大きな声で会話する。


「そうだな。北野後輩も遠慮なく食べたまえ」

「ありがとうございます。では遠慮なく食べますね」


 紗那は買ってきた焼きそばを真希に手渡す。

 真希もできるだけいつも通りの感じで紗那から焼きそばを受け取る。


 焼きそばはまだ温かく、匂いも香ばしく食欲がそそられる。


 今日の紗那はやけに積極的に真希に話しかけてくる。


 いつも通りのウザい紗那に、真希は安心していた。


 これであのキスで真希を嫌いになったから話かけてこなかったという推測は違うことになる。


 まさか、ウザい紗那に安心する日が来るなんて。


 そんな未来を想像していなかった真希は心の中で驚いていた。


 その後、真希たちは四人で焼きそばやたこ焼き、フランクフルトなどを食べた。


「清美、なぜ紅ショウガ抜きにしなかったんですか」

「あっ、ごめんごめん。食べてあげるから許して」

「それではこの部分全部取ってください。その分、清美の分からもらいますから」

「えぇー、それはないでしょ麗奈。って麗奈取りすぎ」

「別に取りすぎではありません。同じぐらいです」

「北野後輩は紅ショウガは大丈夫かい?」

「はい。食べられますので大丈夫です」

「もしなにか苦手なものがあったら教えてほしい。ちゃんと考慮するから」


 買ってきた焼きそばやたこ焼きを食べながら四人は他愛もない会話で盛り上がる。


 清美が紅ショウガを抜き忘れて麗奈に怒られているのは面白かったし、紗那が真希の食の好き嫌いを気遣ってくれたことは純粋に嬉しかった。


 もし紗那が真希のことが嫌いならこんなに気遣ったり、優しくしたりはしないだろう。


 勝手に嫌われたと被害妄想をしていた自分が恥ずかしい。

 紗那はこんなにも真希に歩み寄ってくれている。


 もちろん、紗那とキスをして気まずい感情がないわけではない。


 真希はこの思いをどう昇華させれば良いのか分からなかった。


 忘れることもできないし、気にしないこともできない。


 分からないなら直接本人に聞くのが良いと愛理と陽子は言っていた。


 あの時覚悟したはずなのに、本人を目の前にすると体が委縮してしまう。

 それにせっかく元通りに戻りそうなのに、あのキスの話をしてもう一度気まずくなるのも嫌だ。


 紗那はいつも通りに真希に接してくれている。


 だから真希もいつも通り接するのが良いと分かっている。


 あのキスのことを忘れ、いつも通り紗那と接することができれば、前みたいな日常が戻ってくる。


 でも頭では分かっていても心がついていかない。


「紗那、北野。かき氷食べたくなったから買ってくるけど何味が良い?」

「そうだな。イチゴ味、練乳付きでお願いするよ」

「はいよ。北野は何味が良い?」

「あっ、はい。ブルーハワイでお願いします」

「了解。それじゃー行ってくるね」

「私も荷物持ちで行きますので紗那と北野さんはしばらく待っていてください」


 食後のデザートが食べたくなったのか清美がかき氷を買いに行く。


 紗那と真希は何味のかき氷が食べたいかを聞かれたのでそれぞれ好きなフレーバーを注文する。


 紗那のことを考えていた真希は思わず反射的に答えてしまった。


 そのせいで声が上ずってしまった。


 恥ずかしい。


 一人では三つもかき氷が持てないので麗奈も清美についていった。


 リビングに残される真希と紗那。


 気まずいと思うのと同時に千載一遇のチャンスだ。


 紗那と本音で話し合うならこれ以上のシチュエーションはなかなかないだろう。

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