第52話 連絡手段がないと困るからな
春祭り当日。
特にすることもないでの真希はリビングで読書をしていた。
時刻は夕方ということもあり、階下に広がる河川敷では人で溢れ屋台も数多く出店されている。
祭り会場から近いということもあり、家の中からでも祭りの状況が分かるし花火も特等席で見ることができる。
紗那は春祭りを楽しみにしていたので、きっとこの人混みの中に紗那たちもいるのだろう。
「きっと今頃、鈴木先輩たちは楽しんでるんだろうな……」
窓から見える景色を見て、真希は悲しくなる。
自分はこんなにも悩んで気まずい思いをしているのに、春祭りを楽しんでいる紗那を想像するとなぜかモヤモヤして悲しい気持ちになる。
「……性格悪いわ、私」
春祭りで楽しんでいる紗那を想像して、それに嫉妬している自分に気づいた真希は自己嫌悪に陥る。
真希が春祭りを楽しんでいる紗那を想像して、モヤモヤして自己嫌悪に陥っていると玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時に誰だ?」
真希は思考の沼から現実に戻り、訝しげに玄関に向かう。
もし配送なら親からなにか一言連絡はあるし、休日遊びに出かける友達もいない。
「はーい、お待たせしました」
もしかしたら今日配送が来ることを親が真希に連絡し忘れたのかもしれない。
そうだったら申し訳ないので、真希はゆっくりと玄関を開ける。
「久しぶりだな北野後輩。お邪魔するよ」
「ちょ……鈴木先輩」
玄関前にいたのはキスをしてから気まずくて避けていた紗那だった。
「どうしてここにいるんですか」
「それは北野後輩と一緒に春祭りを楽しみたいからだよ。これはあたしたちからのおごりだ。一緒に食べようじゃないか」
なぜここにいるのか真希が質問すると、真希と一緒に春祭りを楽しみたいからここに来たらしい。
「せめて来るなら連絡ぐらいよこしてください」
「それはすまないと思っている。だが連絡手段がなかったのだから今回は大目に見てほしい」
「あっ……そうですね」
紗那が来ることを予想していなかった真希は、動揺して思わず噛みついてしまった。
もし来ることが分かっていれば、心の準備ができていたのに。
いきなり家に押しかけたことは紗那も悪いと思っているのか、素直に謝罪する。
「ちょっとちょっと二人ともー。あたしもいるんだけど」
「私もいます北野さん。連絡なしで来たのは申し訳ないと思っています。誰一人北野さんの連絡先を知らなかったので今回だけは許してください」
「……沢田先輩……黒木先輩。こちらこそいきなり怒鳴ってすみません。心の準備ができていなかったもので」
二人の気まずい空気を察したのか、清美はわざとらしく自己主張をして気まずい空気を霧散させようとし、麗奈も紗那を庇いつつ、真希を落ち着かせる。
真希も少し冷静になり、いきなり怒鳴ったことを謝罪する。
「……とりあえず上がってください。さすがに先輩たちを立たせてるわけにはいかないので」
真希もさすがにこのまま立ち話をさせるのは先輩に失礼だと思い、中に入れる。
「ありがとう北野後輩。上がらせてもらうよ」
「それじゃーお邪魔しまーす」
「清美。もう少し礼儀正しくできないのですか。全く、もう高校三年生ですよ。お邪魔します北野さん。次は連絡しますので、中に入ったらラインでも交換しませんか?」
「そうですね。せっかくだから交換しますか」
紗那と麗奈は礼儀正しく中に入るのだが、清美だけは言動が小学生だった。
麗奈の言う通り、清美の将来が心配である。
「まぁーまぁー友達の家なんだから」
麗奈が清美に説教するものの、清美は全く反省していなかった。
これには麗奈も紗那も頭を抱えていた。
その後、三人を家の中に入れた後、真希は三人のためにコップと麦茶を用意する。
「ありがとう北野後輩」
「ありがとー北野ー」
「ありがとうございます」
「いえ。せっかく焼きそばとかたこ焼きとか買ってきてくれたので礼には及びません」
三人が真希にお礼を言うと、平静を装いながら答えるも真希は照れていた。
嬉しそうな表情で『ありがとう』を言われると真希だって嬉しい。
それに久しぶりに普通に紗那たちと話せて楽しかったというのもある。
真希は少しだけ紗那との気まずさを忘れることができた。
「それじゃー早速、北野後輩とラインを交換するか。連絡手段がないと困るからな」
今回のことも含め、真希と連絡手段がないと困ることが分かった四人は、それぞれラインのIDを交換した。
真希の連絡先に増える『鈴木紗那』と『黒木麗奈』と『沢田清美』の文字。
気のせいか、スマホが少し重くなったような気がする。
まさか家族以外の連絡先が増えるとは思っていなかった真希は新鮮な三人の連絡先を見て、少しだけ頬が緩んでしまう。
それに加え、四人のグループラインも作った。
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