第50話 でも北野後輩より先輩だからな

 時は少しだけ遡る。


「……どうすれば良いんだ」


 紗那は自分の席で頭を抱えていた。

 授業中は無理矢理授業の方に集中していたが、休み時間になるとどうしても真希のことを考えてしまう。


 最近、真希との関係がぎこちない。


 真希と話そうと思っても話が続かないし、真希の方から紗那のことを避けている。


 真希から気まずいオーラが全方位に放たれているせいで、紗那も真希から話しかけづらい。


 その理由は分かっている。


 この前の休日、紗那が真希を押し倒しキスをしてしまったからだ。


 その時はお互い事故ということで忘れる口約束をしたのだが、真希は忘れることができず変に意識しているせいで気まずい。


 紗那も忘れることができないため人のことは言えないが、意識されていると紗那だって恥ずかしいし気まずい。


「清美、麗奈。ちょっと良いか」

「どしたのー紗那」

「大丈夫ですよ紗那。話ぐらい聞きますよ」


 一人で悩んでいても埒が明かないと思った紗那は最も信頼を寄せている清美と麗奈を呼び寄せる。


 二人ともなんとなく察しているらしく嫌な顔一つせず来てくれる。

 紗那は二人に今悩んでいることを話した。


 二人とも茶化すことなく真剣に紗那の話を聞いてくれる。


 二人とも信頼しているからこそ、紗那は安心して相談できる。


 この二人でなかったらこんな相談、できるわけがない。


「事故だったら気にすることないじゃん。二人ともそれが事故だって分かってるんでしょ」

「それはそうなのだが、北野後輩はかなり意識しているようなんだ」

「そうですね。それは私が見ても分かります。自分より年上で大きい女性に押し倒されながらキスをされたら事故でも意識しちゃうと思います。忘れる方が無理です」


 清美の言う通り、あのキスは事故だ。


 それは紗那も真希も理解している。


 それでも真希からすれば衝撃的すぎて、忘れるどころか逆に意識してしまうのだろう。


 麗奈も真希が気まずそうにしているのは見ていて分かっていたらしく、真希に同調する。


「別にあれは事故なんだから意識しなくても良いのに。あたしも謝ったし北野後輩もそれで納得してくれていたし」


 別にあのキスはわざとしたわけではない。

 お互い事故ということで納得したはずである。


「事故でもキスされたらそう簡単に忘れられませんよ。意識するなという方が無理です」

「あたしもキスされたら男でも女でも気まずいな~。事故ならなおさらね」


 麗奈も清美も事故だろうとキスされたら意識してしまうのが普通らしい。

 確かに紗那だってあれから真希に会うたびに動悸が速くなり、気まずさを感じているのは事実だ。


 紗那だって忘れることができない。


 でも年上だからそれが顔に出ないようには気を付けているつもりだ。


「あたしも気まずさはあるさ。でも北野後輩より先輩だからな。あたしが照れたり気まずそうな顔してたら北野後輩に余計気を使わせてしまうだろう」

「紗那がそんなこと考えているなんて予想外でした。紗那も意識はしているのですね」

「へぇ~意外。てっきり紗那のことだからそういうの全く意識してないと思ってた。紗那もちゃんと先輩してるじゃん」

「なんだその表情は。あたしだってなにも感じてないわけじゃないんだからな。清美も茶化すのは止めろ。なんだその『ちゃんと先輩してるじゃん』は。あたしはちゃんと先輩だ」


 紗那の気遣いを知った麗奈と清美は驚いた表情を浮かべる。


 本当に馬鹿にしすぎである。


 紗那だって先輩なりに後輩の真希に気を使っているのだ。


「そうですね。紗那はちゃんと先輩ですね。北野さん思いの良い先輩です」

「そうそう。紗那にしてはちゃんと先輩してるよね。紗那は後輩思いの良い先輩だよ」

「……なんか急に褒められると照れるのだが」


 麗奈と清美に『後輩思いの先輩』と肯定され嬉しいのだが、なんだかむず痒く恥ずかしかった。


「先輩の紗那が気まずさを感じているなら後輩の北野さんはもっと気まずさを感じているはずです」

「あたしだって気まずさを感じてるんだから北野後輩はそれ以上に気まずさを感じてるよなー」


 麗奈に指摘された紗那は、真希が自分以上に気まずさを感じていることを再確認する。


 先輩の自分も気まずさで真希と話しづらいのだ。

 後輩の真希はそれ以上に気まずくて話しづらいだろう。


「あたしはどうすれば良いと思う?気にしないのも無理だし忘れるのも無理なら万事休すじゃないか」


 紗那も真希もお互い、意識して話しかけづらい。


 キスを忘れることも無理。


 もう打つ手がない。

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