第四章 春祭り

第48話 強制じゃないけど……

 その後数日が経ち、春祭り前日。


 キスをしてしまったあの日、紗那とはキスは事故だから忘れるということを口約束したのだが、紗那に会うとどうしてもキスのことを思い出してしまう。

 それに加え、唇や胸の感触や雰囲気とか思い出してしまい気まずくなってしまい、上手く紗那と話せない。


 紗那も忘れることができないのか、気を使って真希に話しかけてくるもぎこちない。


「おはようございます、鈴木先輩」

「おはよう北野後輩」

「……」

「……今日は良い天気だな」

「……はいそうですね」

「……」

「……」


 朝駅で会っても、あいさつはお互い交わせるのだがそれ以上の会話が続かない。

 紗那が気遣って真希に話しかけるも会話を続けることができずに気まずい沈黙だけが流れる。


 紗那に話しかけられなくなれば楽になると昔の真希は思っていたが、紗那に話しかけられなくてもこんなに気まずいなら、むしろウザく話しかけられる方がまだマシだった。


 その後、電車を乗り清美たちと合流すると紗那の口数は増えるのだが、それは清美たちと話しかけるからであって、真希にはほとんど話しかけない。


「……はぁ~」


 今まではウザいから悩んでいたのに、今は紗那と上手く話せず気まずくて悩むなんて想像できなかった。


 真希が一人教室でため息を吐くと、それを心配したのか陽子が話しかけてくる。


「大丈夫真希ちゃん。最近、ため息が多いよ」

「陽子か……別になんでもない」

「なんでもないわけないでしょ。せっかく陽子が心配しているのにその態度はないでしょ」

「相変わらず愛理はうるさいな」

「うるさいってなんなのよ。こっちは真希が心配だから話しかけたよの」

「はいはい、愛理ちゃんも真希ちゃんもいったん落ち着いて、深呼吸しよう。すーはー、すーはー。ってなんで二人ともしてくれないのっ」


 これは真希と紗那の問題であり陽子たちには関係ない。

 それに紗那と事故とはいえキスをして気まずいなんて恥ずかしくて言えない。


 真希の態度が気に食わなかったのか、愛理が真希に噛みつく。


 だが前とは違って今は、真希のことを心配している気持ちが伝わってくる。


 二人が喧嘩を始めると、陽子が仲裁に入り深呼吸をさせて落ち着かせようとするものの、二人とも深呼吸をしなかったので一人でツッコミを入れている。


 愛理と和解した日から自然と陽子と愛理と仲良くなり、今では下の名前で呼び合うまでになった。


「別にお前たちには関係ないだろ」

「関係なくないよ。私と真希ちゃんは友達なんだよ。友達がそんな辛そうな顔してたら心配するに決まってるじゃん」


 もう一回言うが、これは真希と紗那の問題であり陽子や愛理は一切関係ない。

 だから二人を突っぱねるものの、陽子は引き下がらない。


「関係ないなら辛気臭い顔止めてほしいんだけど。そんな顔されたら迷惑でしかないんだけど」

「それは言いすぎだよ。真希ちゃんも悩んで辛いんだし」


 真希の辛気臭い顔を見せられて迷惑がっているのか、愛理が真希に不満をぶつけ、陽子がそれを止めに入る。


「別に愛理たちには迷惑かけてないだろ」

「かけてるから言ってるの。そんなに暇なしにため息吐いてたら周りのみんなも迷惑でしょ。真希だって周りで暇なしため息吐いてたり睨まれたら迷惑でしょ」

「……確かに迷惑だな」

「でしょ」


 真希自身、ため息を吐いているだけだから誰もなにも思わないと思っていたがそうではないらしい。

 確かに愛理の言う通り、真希の周りでため息を吐いたり睨んでくる人がいたら迷惑だ。


 実際、最近そういう迷惑を被ったばかりである。


 周りに迷惑をかけている自覚をした真希は潔く、それを認める。


「ずっと一人で悩んでも解決できないんでしょ。なら相談しなさいよ。真面目に悩んでるなら真剣に聞いてあげるから」

「愛理ちゃんの言う通りだよ。力になれるか分からないけど、悩み事って人に話すだけでも楽になれるよ。もちろん、強制じゃないけど……」


 愛理も陽子も本気で真希のことを心配していた。


 この時、真希は愛理の件で悩んでいた時のことを思い出す。


 あの時も誰にも相談せずに一人悩んでいた。


 そのせいで、キャパオーバーを起こし紗那たちにはかなり迷惑をかけてしまった。

 それに気づいた紗那たちは真希の相談に乗ってくれた。


 そのおかげで、真希は愛理と向き合う覚悟ができ、無事愛理と分かり合うことができた。


 今の状況もその状況に酷似していた。


 一人で悩んでいるだけではなにも解決しない。


 誰かに相談することで解決できることもある。


 あの時学んだはずなのに、真希はすっかり忘れていた。


 本当に自分は馬鹿である。

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