第17話 あんたですよ、あんた。

「確かに災難だったがあたしは引き受けて良かったと思う」

「あれ、そうなんですか。さっきは不運とか言ってませんでしたっけ」


 先ほどまでポスター貼りを頼まれて不運と言っていたのに、急な紗那の手のひら返しに真希は訝しんだ、


「確かに不運だったがそのおかげで放課後、北野後輩と一緒に過ごすことができたからな。あたしは北野後輩と一緒に放課後を過ごせて楽しかったよ」

「……そうですか」


 夕焼けに照らされていたせいか、そう言って微笑む紗那の顔は眩しかった。

 その紗那の笑顔に毒気を抜かれた真希は毒舌を吐くことができず、紗那から顔をそむける。


 不覚にも紗那の言葉に照れてしまい、そんな顔を紗那に見られたくなかったからだ。


「おや、もしかして照れてるのか。少しはデレるようになったか」

「別にデレてませんから。自意識過剰です」


 紗那からすぐに顔をそむけたのにも関わらずに、紗那にバレてしまったらしい。

 紗那はデレている真希が可愛いのかからかってくる。

 紗那にからかわれるのが癪だった真希はムスッとした表情で言い返すも説得力ゼロだった。


「ほら、頬が赤くなってるぞ」

「これは夕日のせいです。デタラメなこと言わないでください」

「デレた北野後輩も可愛いよ」

「だからデレてませんからー」


 デレたと確証している紗那はとことん真希をからかってくる。

 真希もからかってくる紗那に言い返すがいつもよりキレがない。


「全く素直じゃないんだからー、このこのー」

「頬をツンツンしないでください。この指折りますよ」

「……冗談だよな」

「さぁー、鈴木先輩のご想像にお任せします」


 さらに紗那は真希の頬をツンツンして真希をからかってくる。


 真希をからかえて楽しいのだろう。


 満面の笑みである。


 さすがに真希もイラっとして、ツンツンしてくる指を掴み紗那を脅す。


 もちろん半分冗談だが、紗那は真希の気迫に狼狽えた表情を浮かべる。


「……あれ、でもこれって初めて北野後輩からあたしの体に触れてきたということじゃ……」

「さすがに引きますよ鈴木先輩」


 紗那はスキンシップと勘違いしているのか、なぜか少し嬉しそうな表情を浮かべている。

 真希が紗那の指を掴んでいるのか、スキンシップとかそういうものではなく頬をツンツンされるのが嫌だから掴んでいるだけである。


 この紗那の言葉にはさすがの真希もドン引きである。


「もう飲み終えたので帰りますね。ジュースごちそうさまでした」


 奢ってもらったジュースも飲み終えたし、これ以上紗那と一緒にいる義理はない。

 真希は紗那にお礼を言ってから立ち上がり、飲み終えた紙パックをゴミ箱の中に捨てる。


「そうだな。あたしも帰るか」

「別に一人で帰るので鈴木先輩はついてこなくても大丈夫ですよ」


 紗那もちょうど飲み終えたのか紙パックをゴミ箱に捨て真希についてくる。

 一人で帰りたかった真希は嫌そうな表情を浮かべ紗那をけん制する。


「いや~もう五時半すぎか~。今日は結構北野後輩といたからかな。あっという間だったな~」


 だがしかし、その真希のけん制は紗那に全く効いてはいなかった。


「だからなんでついてくるんですか。ついてこないでください」

「別に良いじゃないか。結局帰り道は一緒なんだし。それにあたしはもう少し北野後輩と一緒にいたいしな」

「確かに同じ帰り道ですけど、私は一人で帰りたいんです。だからついてこないでください」

「そうか、だけどあたしは北野後輩と一緒に帰りたいからそのお願いは聞けないな」


 一人でいる時間が好きなのに、どんどん一人でいる時間が削られていく。


 それもこれもこのウザい紗那のせいだ。


 何回もけん制し紗那を睨むも、飄々をした顔で受け流されてしまう。


「鈴木先輩って本当にウザいですね」

「それがあたしだからな。諦めてくれ。それに家に帰れば一人の時間だってあるだろ」

「……はぁー」

「どうした北野後輩。なにか悩み事でもあるのか。あたしで良ければ話ぐらい聞くぞ」

「あんたですよ、あんた。……今日は喋りすぎて疲れてるんです」

「そうか。なら今日はもう話すのは止めよう。また明日話そうな」


 紗那のウザさに呆れてため息を吐くと、なぜかその元凶の紗那に心配されてしまった。


 これには真希も声を荒げてツッコんでしまった。

 それに今日は紗那たちだけではなく、陽子たちとも話したせいで疲れている。


 真希は日頃からあまり話していないと、他人とただ話すだけで疲れてしまうことを知った。


 そんな疲弊をしている真希を見た紗那は真希を気遣いこれ以上話しかけてくることはせず、黙って真希の隣を歩いた。


 紗那はウザい先輩だが、相手が嫌なことは絶対しない優しい先輩だった。


 夕日に照らされ伸びている影がなんだか物悲しそうに落ちていた。

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