第18話 凄いポジティブですね

「おはよう北野後輩」

「おはようございます鈴木先輩」


 朝の駅のプラットホーム。


 サラリーマンや他の生徒に紛れて今日も紗那は真希を待っていた。

 朝に駅で待ち伏せされているのはいつものことなので、そこに関して真希もなにも言わなくなった。


 日陰は涼しくて過ごしやすいが、日差しが当たっているところは汗ばむぐらい暑い。


「昨日はゆっくり休めたかな」


 昨日は紗那たちの他にも陽子たちとも話し、かなり疲弊していた。

 紗那のことだからそんなこと関係なく話してくると思ったが、疲れている真希を気遣ったのか本当に帰り道では一言も話してこなかった。


「えぇ……まぁ……」


 逆に気を使わせてしまったことに真希は少しだけ罪悪感を抱く。


「それは良かった。また本気で嫌な時は正直に言ってほしい。配慮する」


 それを聞いた紗那は安堵そうな表情を浮かべる。

 いつもはウザいくせに本当に相手の嫌がることはしないのは紗那の長所かもしれない。


「……鈴木先輩って見かけによらず優しいんですね」

「おや、あたしの優しさに今気づいたか。あたしは優しい先輩だから遠慮せずにいろいろと言ってくれてかまわない」

「っていうか良く聞こえましたね、今のセリフ」

「昔から耳が良くてな」


 思わず小声で漏らした本音を紗那に聞かれてしまった。


 これは恥ずかしい。


 前の廊下ですれ違ったといい、今といい本当に紗那は地獄耳である。


「北野後輩も最近デレる回数が増えてきたな」

「別にデレてませんから。勘違いしないでください」


 なぜか最近少しずつ紗那にデレてきていると言われているが、そんなつもりは毛頭ない。


 紗那の優しさに少しだけ好印象にはなったが、今も紗那はウザい先輩という評価は変わらない。


「これがツンデレという奴か」

「ツンデレでもありませんから」


 紗那の口から飛び出した予想外な言葉に、真希は思わず声を荒げる。

 何度も言うが真希は紗那にデレていないし、ツンもしていない。


「今日も北野後輩のツッコミが冴え渡ってるな」

「わざとしてるんですか……全く」


 わざとからかっていたことに気づいた真希は、ため息を漏らす。

 疲れた表情を浮かべる真希とは違い、紗那はとても楽しそうな表情を浮かべている。


「やっぱり友達と話していると楽しいな」

「私は一人、静かな時間を過ごしたいんですけど」


 真希と一緒に話せて楽しそうな紗那と対照的に真希の表情は暗く沈んでいた。


「そうか。でも昨日はあたしが我慢したから今日は北野後輩が我慢してくれ」

「はっ、なんですかその理屈。本気で嫌がっているならしないんじゃないんですかっ」


 てっきりそう言えば紗那は大人しく黙ってくれると思ったが、そうはいかないらしい。


 昨日紗那が我慢したから今日は真希が我慢しろってどういう理屈だろうか。


「そうだな、本気で嫌がってるならしないさ。本気ならね」

「……なんですか、その意味深な言い方は」

「別に~。なんでもないよ~」

「うざっ、その言い方うざっ」


 明らかに含みがある紗那の言い方に、眉をひそめる真希。


 その意味深な言い方を追及すると、真希の神経を逆なでするかのようにはぐらかされてしまった。


 本当にウザい先輩である。


「ウザいのがあたしだからな」


 そして真希に何度も『ウザい、ウザい』と言われたせいか、紗那の中で『ウザい』は一つのアイデンティティになっていた。


「……誇って言うことですか」

「別に自分で誇ることは悪いことじゃないだろ。それにウザいというのは裏を返せば明るいって言い換えることもできるしな」

「凄いポジティブですね」

「よく言われるよ」


 自分で自分のことを『ウザい』という人を初めて見て真希は驚愕を通りこして呆れた。


 しかし紗那はなぜ真希が呆れているのか分からず、自分の考えを述べた。

 その紗那のポジティブさにさらに真希は驚く。


「言葉というのは表裏一体だからな。同じ意味でも良い面もあれば悪い面もある」


 紗那にはそんな意図はないのかもしれないが、サラっと深いことを言っている紗那に不本意ながら感銘を受けてしまった。


「だからあたしも北野後輩を傷つけるかもしれないが、その時は言ってくれ。謝るから」

「別に私はそんなに傷つかないので大丈夫ですよ」

「それでもなにか嫌なことや不快だったら言ってくれ」

「……分かりました」


 あまりにも念を押された真希は、引き下がった。


 別に他人に興味がないのでなにを言われても傷つくことはないのだが、こんなところで意地になって言い返しても意味がない。


 その後電車がプラットホームに入って来て、人を吐き出した後に呑み込んでから出発する。


 今日もいつもと変わらない朝の一幕だった。

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