第16話 さすがに土下座されたらあたしも引き受けないわけにはいかないだろう

「もうちょっとだけ時間があるなら少し付き合ってくれないか」

「いえ、もう十分付き合ったので私は帰りますね」


 ポスター貼りも終わり、これ以上紗那に付き合う理由はない。

 紗那のポスター貼りを手伝ったのは一人では大変そうで、紗那に手伝ってほしいと言われたから手伝っただけで、別にそれ以上紗那に付き合う義理はない。


「さすが北野後輩だ。ぶれないな」


 褒めているのか呆れているのか分からない表情を浮かべながら紗那は呟く。


「それでは鈴木先輩。失礼します」

「ちょっと待て。せっかく手伝ってくれたんだ。ジュースでも奢らせてくれ」


 真希が帰ろうと踵を返した時、それを制止させるために紗那は真希の腕を掴む。


「いや別に奢ってくれなくても大丈夫ですよ。そんな大したことしてませんし」

「さすがにタダで手伝わせたのは悪い。奢らせてくれ」


 別にジュースを奢ってもらうために手伝ったわけでもないし、ジュースを奢ってもらうようなことでもない。


 真希は辞退するものの、それは真希に申し訳ないと思っているのか紗那も食い下がる。


 紗那も紗那で手伝ってくれたお礼がしたいと言って引き下がらない。


「……分かりました。お言葉に甘えてジュース、いただきますね」


 真希と紗那が硬直して一分、このまま無言でけん制しても時間の無駄だと察した真希は折れることにした。


 別にジュースを奢ってもらえるので真希にデメリットはない。

 それにこんなことで時間を浪費する方が無駄である。


 その瞬間、なぜか紗那の顔に笑顔が咲く。


「そうか。それじゃー一階の自販機に行くか」


 ということで真希たちは一階にある自動販売機へと向かった。


「北野後輩はどのジュースが良い?」

「それではこれでお願いします」

「分かった」


 一階にある自動販売機で真希は紗那にオレンジ百パーセントの紙パックのジュースを買ってもらい、紗那は紙パックのバナナオレを買う。


 その後、近くにあったベンチに二人で腰を下ろす。


「ありがとうございます鈴木先輩」

「いや、これは手伝ってもらったお礼だから礼はいらないよ」


 手伝ったお礼とはいえジュースを買ってもらったので真希は紗那にお礼を伝える。


 だがその礼は不要だったらしい。


 確かに手伝ってくれたお礼としてジュースを買ってもらったのにそれにお礼を言うのは確かにおかしい。


 その後、二人はパックにストローを差してジュースを飲む。


 オレンジ百パーセントということもあり、甘みの中にある酸味がアクセントとなっていておいしい。


「まさかあたしが日直の時に限ってこんな雑用を頼まれるとは不運だった」

「今日日直だったんですね。でも日直でもさすがにポスター貼りは日直の業務外じゃありませんよね」


 紗那がポスター貼りをしていたのは日直の雑用らしい。


 でもそこまで日直の仕事だっただろうか。


 真希の記憶では日直がポスター貼りをしていた記憶はない。


「北野後輩の言う通りポスター貼りは日直の仕事じゃないよ。それは担任の仕事だったんだがこの後職員会議があるのにも関わらず今日中に貼らないといけないポスターを貼り忘れていたそうだ」

「……なんというか計画性のない先生ですよね」


 紗那の話を聞いた真希は、先生の計画性がなさ過ぎて呆れてしまった。

 高校生の真希が社会人の先生に向かってこんなことを思うのは傲慢かもしれないが、もっと大人なんだからしっかりしてほしいと思う。


「さすがに土下座されたらあたしも引き受けないわけにはいかないだろう」

「……お疲れ様です」


 大人である先生に土下座されたらさすがの紗那も断り切れなかったらしい。

 真希は紗那の気持ちを慮り、気休めの言葉をかける。


「んふふ、なんやかんや言って北野後輩は可愛げはないが優しい後輩だな」

「それ、褒めてるんですか、貶してるんですか」

「もちろん褒めてるとも。優しい後輩だって」


 紗那は一応真希のことを褒めているらしいが、『可愛げのない』は余計である。


 それを真希が指摘すると真面目な顔で、自分の思いを伝える。


 だったら『優しい後輩』とだけ言えば良いのに。


「でも今日が日直で災難でしたね。日直じゃなかったらそんな雑用しなくても済んだのに」


 もし、真希がそんなこと先生に頼まれたら説教の一つぐらいしていたかもしれない。

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