第15話 私は犬ではありません
放課後になればもう自由の身だ。
真希はすぐさま帰りの支度を終わらせて教室を出た。
陽子が真希に話しかけたそうな表情をしていたが、愛理たちにつかまっていたせいで話かけにこなかった。
放課後は一番喧騒である。
部活に行く者や友達とどこかに出かける人たちは、一人で帰っている生徒よりも明らかにテンションが高くて、大きな声を出している。
人混みやうるさいのが苦手な真希にとって放課後は楽園であり地獄である。
「……早く外に出たい」
ただでさえ朝や昼休み、紗那や陽子たちに話しかけられて疲弊しているのにこれ以上のダメージはしんどい。
真希が一人廊下を歩いていると、一番会いたくない人に鉢合わせる。
「おや北野後輩。奇遇だな」
「私は残念ですけど」
廊下でポスターを貼るために机の上に乗っている紗那が嬉しそうに真希に話しかけ、真希はため息をこぼす。
「私は北野後輩に会えて嬉しいがな」
紗那には真希の皮肉が利かないらしく、清々しいほどの笑顔を浮かべている。
本当に真希に出会えて嬉しそうだ。
「鈴木先輩はポスター張りをしているんですか」
「そうだ。先生に頼まれてしまってな。清美はバイトとか言っていたし麗奈は家の塾があるとか言って帰っていったから一人でやっている」
紗那が手にポスターを持っていたからポスター貼りだと思っていたがどうやらその通りらしい。
清美も麗奈も用事があるらしく一人で頑張っているらしい。
「すまないが北野後輩。手伝ってはくれないか。一人だとちゃんとまっすぐ貼れているか分からなくてな」
「……はぁー、分かりました。良いですよ」
「……あまりにも素直過ぎて逆に怖いな。大丈夫か、昼休みとかなんか変なものでも食ったか?」
「失礼ですね鈴木先輩。私は犬ではありません」
きっと紗那は真希にダメもとで頼んだのだろう。
それはため息を吐かれ渋々だったがオッケーをもらえたことに驚きすぎて失礼なことを言い出した。
さすがの真希もこれは失礼すぎて怒る。
「……珍しく優しいな北野後輩。なんか裏でもあるのか。まさか金か。高校生だからあまり金は持っておらんぞ」
「別にお金目的ではありません。さすがにポスター貼りを頑張っている鈴木先輩に手伝いを頼まれて帰るほど薄情な人間ではありませんし、無視して帰ったら寝覚めが悪いので」
優しい真希を訝しんでいる紗那だが、真希だって冷たい血ではなく温かい血が通った人間である。
背伸びしてまで一生懸命ポスター貼りを頑張ってる紗那は不覚にも格好良いと思ってしまった。
「そうか。でも手伝ってくれるのは助かる。ありがとう北野後輩」
紗那も馬鹿ではない。
いろいろと察してお礼を述べた。
「それで私はなにをすれば良いですか」
「では画びょうのが入っているプラスチックの箱を持ってくれないか。かがんだり立ったりするのが地味に面倒でな」
「分かりました」
真希は紗那の言う通り、画びょうが入っている箱を紗那が取りやすいところまで持ち上げる。
そのおかげで紗那は取りやすくなり、効率が上がる。
「北野後輩、少し曲がってるかな」
「いえ、そのポスターは大丈夫だと思います」
「右のポスターはどうかな?」
「そのポスターは少し左側が下がってますね」
「どのくらい下がってる?」
「だいたい三ミリほどですかね」
「……これぐらいか?」
「ちょっと上げすぎですね。もうちょっとだけ下げてください。一ミリぐらい」
「これぐらいか?」
「はいはい、そのぐらいで大丈夫です」
真希が画びょう箱を持ちポスターが曲がっていないかの確認をし、紗那がポスター貼りとその調節を行う。
二人の息は見事に合っており、どんどんポスターが正確に貼られていく。
そして三十分後。
全てのポスターを貼り終えた。
「ありがとう北野後輩。北野後輩が手伝ってくれたおかげで早く終わったよ」
「いえ、私は画びょう箱を持って合図をしただけですので」
素直に紗那からお礼を言われた真希は思ず照れてしまう。
なんだかむず痒い。
「そんなことはないぞ。画びょう箱を持ってくれたおかげでかがむ動作がなくなり楽だったし、それに北野後輩が合図を出してくれたおかげでいちいち机から降りて確認する作業も減ったし。かなり助かった」
謙遜する真希にさらにお礼を言い否定する紗那。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます