第3話 白鳥撫子
「なぜ、部活動に入らなければならないのか、ご説明をお願いします」
「だからね、白鳥さん。それはこの高校のルールで――」
「そんなことに使っている時間はありません。それにそんな理由では納得できません。そもそも部活は生徒の自主性を重んじるものです。ですので私は帰宅部にさせていただきます」
隣でも瑞希と同じようなことを言い部活に入りたがらない女子生徒がいた。
そっちの女子生徒を対応している先生はかなり気弱な先生らしく、生徒に威圧されオロオロしている。
なぜその生徒が男の娘ではなく女の子だと分かったかというと、スカートを履いていたからである。
基本、男の娘はスラックス、女の子はスカートの着用が義務付けられている。
そして制服は紺を基調にしており、男の娘はネクタイ、女の子はリボンを付けている。
ちなみにネクタイ、リボンの色は一年生は赤で二年生は黄色で三年生は青である。
「水谷先生、少しご相談があるんですけど」
「はい、なんですか黒川先生」
生徒の対応で困っている水谷を不憫に思ったのか、尚美が助け舟を出す。
二分後。
「柊も白鳥も部活に入りたくない。なら、ほぼ活動しない部活を作れば良い。顧問は私がなってやる。活動報告も適当にしてくれてかまわない。二人とも部活をしたくないから面倒な人間関係もない。これなら文句ないだろ」
尚美は瑞希と白鳥……いや撫子という少女に言い放った。
部活動をしない部活動を作れば良い。
これはなかなかの名言である。
この学校は部活に入ることを強制しているのであって活動を強制しているわけではない。
尚美も考えたものである。
それに部活をやりたい人を部活に入れたら結局部活をしなければならなくなる。
なら、最初から部活をしたくない人を入れれば部活をしなくても良くなる。
しかも顧問は尚美がしてくれると言っている。
こんな好条件な部活はどこを探してもないだろう。
「……分かりました。そういう条件なら」
撫子も渋々という表情を隠さないまま、尚美の言葉に頷く。
「それじゃー二人で頑張ってくれ」
尚美はやっと肩の荷が下りたか、清々した表情を浮かべている。
その露骨な態度にイラっとして一発殴りたい衝動にかられた瑞希だったが、顧問を辞退されると困るのは瑞希の方なので、そこはグッとこらえたのあった。
白鳥撫子。
意外なことに同じクラスの同級生だった。
身長百五十後半の女の子。
瑞希よりもほんの少し小さい。
黒髪のセミロングで、艶があり放課後になった今でも良い匂いが漂ってくる。
瑞希と同じ目をしており、同族の匂いがプンプンしてくる。
胸は控えめでBカップぐらいだろう。
職員室を出た二人は、面倒くさそうな表情を浮かべながら顔を見合わせる。
「部活なんて非生産的な行動よ。どうしてそんなものをやらないといけないのかしら」
撫子はかなり不満が溜まっていたらしく、職員室を出た瞬間文句を言ってきた。
「その考えには同感だ白鳥。全く、部活が強制というのが意味が分からない」
そもそも部活動は……ってこれは言い出したらキリがないので止めておく。
「意外ね。私の名前を覚えていたのね柊さん」
「そちらこそ私の名前覚えていたんだ、白鳥」
自分の名前を覚えていたのが予想外だったのか、撫子は少し驚いた表情を浮かべながら瑞希を見る。
それは瑞希も同じで、撫子が自分の名前を覚えていたことに驚いた。
「当たり前よ。クラスメイトだもの。むしろ覚えていない方が失礼だと思わない?」
「白鳥の言う通りだが、まだ入学して一週間ぐらいしか経ってないのにクラスメイト全員の名前を覚えたんだな」
確かにクラスメイトの名前なら覚えているのが当たり前だが、まだ高校に入学してから一週間ぐらいしか経っていない。
さすがにもうクラス全員の名前を覚えたとなるとかなり早い部類に入る。
「全員とは言ってないわよ。まだあやふやな人もいるわ。けど柊さんはすぐに覚えられたわ。結構珍しい苗字だし、みんなニコニコしたり、緊張しながら自己紹介をしているのに対して、柊さんはとても冷たく、面倒そうな表情をしながら自己紹介していたもの。忘れろと言う方が無理だわ。それにいつも一人だし」
撫子はなにか含みのある笑みを浮かべて説明する。
最後の一言は余計じゃないか。
確かに瑞希はいつもクラスで一人でいるけど、別にそれで寂しいとも思わないし、むしろ一人でずっといられて瑞希的は充実している。
人は、一人でいることを悪いことだと言い、みんなでいることを良いとする。
一人でいる人間は寂しい、哀れだ、可哀そうな奴だと見下すが、それこそ傲慢である。
一人でいることがなぜ悪だと決めつけるのだろうか。
一人でいても不便はないし、むしろ人間関係に悩むことがないのでストレスフリーで生きることができる。
だからと言って、群れる人間を悪だとは瑞希は思わない。
友達と過ごす日常はそれだけで楽しいのだろう。
毎日、馬鹿なことを言い合ったり、他愛もないことで盛り上がったり、好きな子のことで盛り上がったり、一人ではできないことはたくさんある。
これを人は青春と呼ぶのだろう。
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