第3話 一週間の始まり

 朝、7時ごろ。ちょうど学校が始まる一時間くらい前。

 俺はいつもこの位の時間に起き、身支度を済ませ学校に向かう。

 いつもの道を歩き、いつものように適当に登校をする。


 しかし、それはいつもとは少し違う。いや、少しだけじゃない。

 大きく違うものが一つあった。

 それは……。


「せーんぱい。もっと近くに寄ってくださいよ~」


 ぎゅっと手に力が入る。


「いいえ、颯太君。この策略に乗ってはダメよ。近づくというのなら、わ、私の方に来るのがいい判断だと思うわ!」


 姫野も対抗するように手の力が強くなる。


 今、どんな状況かといえば、両手に花状態である。

 姫野と凛音ちゃんが俺の両肩に一人ずつ抱きついているのだ。

 右肩に姫野、そして左肩に凛音ちゃん。

 それで俺を引っ張ってくる。


 ああ、どうしてこんなことに……

 

 さかのぼること約数分前。

 俺が一人で学校に向かおうとしていると。


「あ、せーんぱい!」


 後ろから声が聞こえて来る。


「凛音ちゃんか。お、おはよう……」


 昨日のことがあったせいで少し話しずらい。

 一週間以内とはいえ返事を待ってもらっているのだ。

 ……申し訳ない。


「どうしたんです? いつもより大人しいですね」


「まあね。あはは……」


 愛想笑いを浮かべる。


「もう、そんな風ではダメですよ! 先輩は笑顔が一番ですから!」


 にっこにこに笑いながら言ってくる。


「うん、ありがとう。……でも笑顔って言われてもなぁ……」


 俺はあまり笑うことがない。

 だから、急に出そうと思っても多分、出来ない。

 嘘っぽくなる気がする。


「なるほど、難しいんですか……。あ、今いいことを思いつきました! 出来ないなら私が笑顔にして差し上げましょう!」 


「え?」


「行きますよ! えい!」


 そう言って、飛び込んで体に抱きついてくる。


「ちょ、ちょっと!?」


 手を輪のようにして抱きつかれたせいで、なにがとは言わないが胸のあそこが当たってる。

 これはマズイ。色々と。


「えへへ、気持ちいいですね……」


 顔をお腹にこすりつけて来る。

 少しくすぐったい。なんかいい気持ち……ってこの絵面はヤバい!


「凛音ちゃん当たってる! 当たってるよ!!」


「え~当たってるってなんのことなんですか?」


 さらに強く抱きついてくる。


「ぐっ……」


 絶対気づいているのになにも言えない……。

 これが男子の宿命か。


 そんなことを思っていると後ろの方から鬼のような視線を感じる。


「……澤宮さん」


 姫野だ。

 周りから危険がぷんぷんするオーラが漂っている。

 なにか起こっている様子だ。

 

「あ、姫野先輩……」


 凛音ちゃんもなにかを察したらしい。


「私、この一週間は颯太君に何もせず平和に過ごしましょうって言ったわよね……」


「……」


「……それで、なにかしら? 抱きついているこの状況は」


「……うーん、何でしょうね。私にもよくわからないです」


 沈黙が続く。

 なにこの状況。

 辛いんですけど。逃げてもいいですかね!?


「あなたがそう来るなら私も……」


 そう言うと姫野が。


「え!?」

 

 凛音ちゃんとは反対の方を抱きついてくる。

 顔が寸前まで近くなり、恥ずかしさがこみ上げて来る。

 体からはいい匂いがして色々と凄い……。


「おお、流石は先輩。大胆ですね~」


「あ、あなたには言われたくないわ!」


「ん? っていうかさっきから思ってたけど姫野大丈夫か? 顔が赤いぞ」


「う、うるさいわい!」


 あれ、怒られた……。心配して言ったのに……。

 これが女心をわかっていないということなんだろうか。

 やはり、女心は難しい。勉強していこう。

 ……それはそうとして、さっきのうるさいの後のわいってなに!?


「ぐ、余計なことばかり言って……いいわ。私もとことん付き合ってあげる。あなたが抱きつくというのならばそれをことごとく潰してあげるわ」


「おお、その宣言! 燃えてきました! 私と敵対するという事ですね。いいでしょう。受けて立ちます。先輩はあなたには渡しません!!」


「えぇ……」

 

 なんか勝手にバトルが始まったらしい。


 てことで回想終了。


「ちょ、ちょっと二人とも待って! 二人とも一旦落ち着こう。いや、落ち着てください!」


「それは無理な相談だわ。こうでもしないとそこの澤宮さんに取られてしまうもの」


「じゃ、じゃあ周りを見て! みんな見てるから!」


 周りをみれば、同じ制服のやつが何事かと見ている。

 当たり前だ。俺はともかく、この二人は有名人なのだ。

 絶対、後で噂とかになるよね……。


「そんなのどうでもいいんですよ! 私たちは先輩にこの一週間でどれくらい好きになってもらえるかの方が大事なんです!」


「そうよ、これは運命をかけた戦いなのよ!」 


 負けられない戦いがここにある!

 って感じの雰囲気になる。

 

「じゃあまずは私のスカートの中に……」


 凛音ちゃんのヤバい言葉が聞こえた瞬間。


 キーンコーンカーンコーン。

 キーンコーンカーンコーン。


 ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴り響く。

 よかった。なにやらヤバそうな言葉が出るところだった。

 ふー、危ない危ない。


「あ、ヤバい、本鈴じゃね……」

 

 誰かが言う。

 本鈴とは授業が始まるチャイムのことだ。

 ……ということは。


「「ち、遅刻だ!!」」


 近くにいた人たちも一斉に走り出す。

 そして俺たちも走り出す。


 こんなことをやっていたせいですっかり時間のことを忘れていた。

 何やってんだよ俺!?

 くそ、遅刻し過ぎると欠席扱いになるし、教室に入りずらいから頑張って避けていたというのに。

 ちくしょ!


 こんな風に返事までの一週間が始まった。

 



  





 


 


 

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